YUUです。
震災後、仙台市八木山動物公園(以下・八木山動物公園)にやってきた2頭のスマトラトラの話の続きをします。
スマトラトラトラの赤ちゃん元気に生育中(前編)
http://kokoropress.blogspot.jp/2014/01/blog-post_8759.html
出産の日には、産室の前に葭簀(よしず)を張り、餌だけ与えられるようにして、 数日前から24時間交代制で待機していた飼育員、スタッフが暗視カメラから出産の様子を見守りました (画像提供・仙台市八木山動物公園) |
日本国内では、1977年の上野動物園(東京都)以来、実に16年ぶりの出来事でした。
東日本大震災により、海外からの来園が危ぶまれた2頭のトラによって、希少種の新しい生命が誕生したことは、運命的なことを感じずにはいられません。
「昨年もバユは妊娠、3頭の子どもを出産しましたが、1頭は死産。2頭目は5日後ぐらいに亡くなり、人工哺乳に切り替えたもう1頭の子どもは1番長く生き延びましたが、先天性の神経障害もあり、108日目までに全3頭の子どもが死にました」
こう説明してくれたのは、八木山動物公園の飼育展示課衛生係の釜谷大輔係長。
釜谷さんは獣医でもあり、種別保護が必要とされる希少種スマトラトラの種別調整管理者でもあります。
「初産の子どもが無事育たなかった翌年の出産だけに、非常にうれしかったですね。バユは本当に頑張りましたよ」
出産当日、朝の5時に最初の1頭が産まれ、7時までに計4頭の子どもを産むという長い戦い。疲労困憊(こんぱい)しているはずのバユは、見守っていた飼育スタッフたちの心配をよそに、誕生間もない子どもたちにミルクを飲ませ始めたといいます。
「不思議なほど授乳はスムーズでしたね。初産の時とは全く違いました。科学的に解明されているわけではありませんが、やはり、経験で覚えるということなのでしょう。2時間かけて4頭の子どもを産んだ後ですから、すべての赤ちゃんに飲ませ終わった頃には、ぐったりと横になっていました」
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4頭のスマトラトラの子どもたち。国内では実に16年ぶりとなるスマトラトラの 出産であるだけでなく、トラの出産で4頭産まれるのは非常に珍しいといい ます。お父さんのケアヒ、お母さんのバユ共に震災後に八木山に来ました (画像提供・仙台市八木山動物公園) |
トラが4頭の子どもを産むのは確率的には10%ほどだといいます。さらに、子どもがすべて無事に生まれ、育つのは大変低い確率だそうです。
「トラの乳頭は2対で4個なので、4頭の子どもがいると、お母さんがそれぞれの子どもにきちんと授乳するのは大変なんです」
元気のいい子どもの割を食うちょっと成長が遅い子どもがいるのは、人間もトラの世界も一緒のようです。
「今回は全て自然哺育されています。人工哺育に切り替えてしまうと、人には懐くけど、今度はお母さんトラや他のトラに対して子どもがおびえちゃうような弊害があるんです」
一方で、人の臭いが子どもにつくと、今度はお母さんトラが育てなくなる。場合によっては不快な臭いと判断して、噛み殺してしまうことすらあるそうです。
「健康診断を済ませた子どもをお母さんのバユがいる部屋に戻す時は、部屋の臭いなどがついた敷きわらでゴシゴシトと、からだにトラの臭いをつけて戻してやります」
園内の猛獣舎にて、スマトラトラの子どもたちを公開中です |
4頭の子どもたちには立派な名前が付きました 愛称募集には3,864件もの応募があったといいます |
震災後、最初に八木山動物公園にやってきた動物でもある2頭のスマトラトラ。
一時は来日そのものが危ぶまれましたが、来園3年目で、国内での繁殖例が少なく、世界的に希少な種の生命を八木山の地に授けてくれました。
「生まれた時は30cmで1kgぐらい。授乳が終わり肉食に移ると成長は早いです。現在は体長90cmぐらい。手足を伸ばして立ったときは130cmほどにもなります。子どもたちのお父さんであるケアヒは体長160cm、体重120kgぐらいです」
それでもスマトラトラは、現存するトラの種なかで最も小さいのだそうです。
「八木山動物公園はスマトラトラの種別調整園になっていて、トラの獣舎のサイズなどもスマトラトラ用に作られています。他のトラの亜種と見比べないと分からないでしょうが、スマトラトラの黒い縞は他のトラに比べ、黄色と黒の模様がはっきりしています」
スマトラトラは希少種というだけじゃなく、猛獣界のイケメンでもあるようです。
ちょっと大きいけど、そのしぐさはやんちゃな子どもそのもの 見学に来た子どもたちも、間近に見るトラの子どもに大喜びの様子でした |
ガラス越しに近づいてきたと思ったら、ちょっと遠くに離れてこちらを観察中 その動きを見ているだけで、時間が立つのを忘れてしまいます |
現在、八木山動物公園では、午前中、時間を区切って、スマトラトラの子どもたちを公開中です。
2013年12月現在、もうちょっとした大型犬ぐらいの大きさに成長していますが、愛くるしさは赤ちゃん時よりまだまだ健在。
午前中限定公開にも関わらず、公開されている猛獣舎外放飼場のガラス前には人垣ができていました。
トラの子どもがガラス越しに近づいてくると、みんな大喜びです |
来園した子どもたちは大喜び。大人たちも「かわいい」「かわいい」の声、連呼です。
見学中の人たちの中には、「大きくなったねぇ、でも、かわいい」と、度々、動物園を訪れて、トラの子どもたちの成長の様子を見守ってきたリピーターもいるようでした。
普段、見る機会の少ない動物たちの姿を見ることは、それだけで自然と頬が緩むものです。
まして、動物の子どもの愛くるしい動き、表情を見ると、みんな笑顔になります。
震災から約1カ月半後に八木山動物公園は動物たちの公開を再開しましたが、園内のスタッフ、関係者も驚く1万6千人もの人が来園したそうです。
「来園していただいた方々の笑顔を見て、開園再開がかなって心よりうれしく思いました。動物の姿を見ることは、癒し、心のケアにつながるんだな、とあらためて感じました」
ゾウ(アフリカゾウ)は1日の大半を食事に費やします アフリカゾウのメアリーは1日130kgほどの草を食べるそうです 震災後の物資不足を思い起こすと、大事に至らなかったのは幸いでした |
3.11の震災。八木山動物公園は、致命的な施設被害こそありませんでしたが、なにしろ宮城県ではここだけ、という多くの野生動物が暮らしている場所です。
ライフラインの遮断、物流が麻痺するなど、震災による影響、被害は多岐にわたりました。
「基本的に動物園内は、野生種としては暖かい地域に生息している動物が多数います。冬場のトラブルで暖房が使えないのは致命的なんです」
アフリカ象は、通常、冬場の暖房設定は25℃ぐらいだそうですが、停電、および燃料確保の問題があるため、徐々に温度設定を低くして対応したそうです。
「一気に温度設定を下げてしまうと体調を崩してしまいます。幸いにも、18℃ぐらいに設定した段階で燃料不足が解消されたので大事には至りませんでしたが、もう少し、燃料供給の時期が遅れたら、大変な事態でした」
食事、水の問題もあります。
水棲動物のカバなどは、カバのプールに通常40トン ぐらいの水を要するそうです。震災時には使用する量を半量の20トンほどに減らして対応したそうです
「水の使用法についてはまずは飲み水優先(10トン)。あとは優先順位を付けてなんとか対処しました。なにしろ動物園全体で使用する水の総量は1日に300トンを超えるので、水不足が解消されるまでは苦労しました」
最終的には、全国23園から動物用の食糧物資を送ってもらったそうです。
「阪神淡路大震災の被災経験がある関西の動物園からは、『頑張れ』のメッセージつきで支援物資を送っていただきました」
東日本大震災以降、に設置されているJAZAの災害対策の部署では、被災経験のある動物園の代表として、釜谷さんが委員を務めているそうです。
震災のあとにきたトラの赤ちゃんが元気に生育中です と、メッセージを残してくれた仙台市八木山動物公園の釜谷大輔さん |
スマトラトラの4頭の子どもたちは、震災直後、それぞれ異なる国から遠い被災地にやってきてた2頭の親から産まれました。
八木山動物公園のスタッフの皆さんのさまざまな尽力があったことはもちろんですが、国内で16年ぶりとなる生命の誕生は、タイミングや幾重にも重なった幸運が後押ししてくれた結果のようにも思えます。
絶滅危惧種(絶滅寸前CR)に指定されているスマトラトラの4頭の子どもたちの成長の過程は、被災県宮城の地にある飼育園が世界に示す「復興の軌跡」なのかもしれません。
仙台市八木山動物公園
www.city.sendai.jp/kensetsu/yagiyama/
(取材日 平成25年12月4日、6日)