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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2016年3月30日水曜日

2016年3月30日水曜日11:06
こんにちは、にゃんこです。

仙台市若林区荒浜や三本塚、井土地区など、沿岸部で暮らしていた住民の方々を訪ね聞いた話をまとめたフリーペーパー
『RE:プロジェクト通信』
この『RE:プロジェクト通信』の軌跡をたどる記録展が、先月仙台市役所1階で開催されていました。

ココロプレスでもご紹介しておりました。
▼被災集落で語られた言葉を伝える。「RE:プロジェクト記録展」開催中
http://kokoropress.blogspot.jp/2016/02/re.html

 『5年目のRE:プロジェクト通信』。“震災から5年目の今だからこそ語ることができることがある”
現在は第5号まで発行しています

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記録展の最終日となった2月26日、同会場にて「5年目のおはなし会」が開催されました。
『RE:プロジェクト通信』の取材に関わってきたフリーライターの西大立目祥子さん詩人の武田こうじさんに、これまでの活動を通して考えてきたことをお話いただくというもの。
聞き手は、せんだい演劇工房10-BOX・工房長の八巻寿文さんです。

(左から)武田こうじさん、西大立目祥子さん、八巻寿文さん、
仙台市市民文化事業団の田澤紘子さん

2011年6月に活動を開始してから約5年。
震災により大きな被害を受けた仙台市沿岸地域の集落を歩き、その土地の人々に出会いながら暮らしや文化を、そして感じ取った想いを綴ってきたライターの西大立目さんと詩人の武田さん。
お二人にとってこの5年は、どんな時間だったのでしょうか。

西大立目さんは、
「地域の方の想いを誰かがすくい取っていくことって必要なことだと思うんです。だからこそそれぞれの方のところにお邪魔して話を聞けたことが、私にとって大きな意味があったなと感じています。
 狭い仮設のお部屋に上がり込んでお茶を飲みながら聞くお話というのは、大勢の前で話す公の発言とは対極にあるような、その方の想いだったり、悲しい心持ちであったり、苦しい気持ちであったり。そういう人にはなかなか言えないような感情を織り交ぜてお話を聞けたことがよかったなと」

当初は葛藤もあったと話すのは武田こうじさん。
「やはりそういった状況で皆さんの話を聞いて詩を書いていいのかという葛藤がありました。でも書いてみたかったんですよね。そう思うこともいいのかなって。実際読んだ人からは批判的なことも随分言われました。でも続けるうちに見えてくるものがあるのかなって。
 この5年間、当事者って誰のことなんだろうってすごい考えていたんです。被害の大きかった沿岸部の方々はもちろん当事者で、取材している僕たちも当事者で、そして読者も当事者ですよね。そういういろんな当事者がいる、ということを意識して詩を作るというのはとても難しい作業でしたね」
と、振り返ります。

第1号 仙台市若林区荒浜より

「これって直接的な復興支援にはなっていないよね」
「戻れなくなった(住めなくなった)地域もあるのにそんな昔を振り返るようなことがよくできるね」
「そんなことより泥かきボランティアに行った方が役立つぞ」

取材中にはこういった言葉を投げかけられたり、聞こえてきたこともあったという田澤さん。

「これからのことを考えるために、かつてのことを知らなければいけないんじゃないか。仙台市沿岸部のことを知ってもらうことでこれからの復興を一緒に考えられるといいなという想いから始めましたが、決してそういう見方だけではないんだなと…1年目は葛藤の日々でした。
 でも2年目、3年目と続けていくうちに、応援していますというお手紙をいただいたり、沿岸部のことはまったく知らなかったけど『RE:プロジェクト通信』を通じて復興について具体的に考えられるようになったとお声をいただいたり、励まされてきた5年間だったなと感じています」
と、田澤さん。

第5号 仙台市若林区二木地区 「居久根が津波から守ってくれた」

以前取材をした縁で、地域の方々とのつながりも深いという西大立目さん。
「七郷や六郷の方々、そこでの暮らしぶりなど震災前の土地のイメージが残っているんです。荒浜や藤塚にはもう人が住めないって言われて、震災直後に残っていた家の土台も全部撤去されて、広大な農地ができたり、大きなマリンスポーツのエリアになったり…それは私には耐え難いなって。どんな形でもいいから、仙台市沿岸部の営まれてきた暮らしとか人といったことを伝えたい、ここをゼロにされては嫌だ、そういう想いでした」

また震災後に石巻市雄勝地区で支援を行ったという八巻さんは、
「雄勝を訪れたときにある方から『僕らは家も文化も流れた』と話をしていたことがずっと引っかかっているんです。でも私は、たとえそこに人が住んでいなくてもその土地に想いがあればそれが文化だし、流されないと思うんです。移動できないのが文化なんじゃないかな」
と、想いを語っていました。

皆さんのお話をお聞きしながら、私も思いを巡らせていました。
確かに直接の復興ということにはならないかもしれない。でも10年後、20年後、50年後…。
この震災を経験した人がいなくなっても、沿岸地域に暮らしていた人がいなくなっても、
貴重な資料となり、その先に伝え、つなげ続けていくことはできる。
その伝え続けていくために記憶や記録を残していくことこそが私たちの使命なのではないか、と。

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震災から5年。
『RE:プロジェクト』の活動は3月末で一区切りを迎えます。

参加していた男性は、
「『RE:プロジェクト通信』を読みながら、ここが故郷なんだな、ここで生活していた人がいたんだよなって思ってたんです。私も昔の生活を思い出しながら、自分がほっとするんです。きっと被災者もそうなんじゃないかって。きっとそれが大きな大きな復興支援につながっているんじゃないかって思うんです。これからも地域の皆さんを元気づけてほしい」
と、継続を望む声が。

同じように、今後も続けてほしいというたくさんの声が聞かれました。



西大立目さんも、
「RE:プロジェクトは終わってしまうけど、今後も通い続けたいですね。単に取材するためだけに会ったわけではないと思うんです。この5年で良くなった人もいれば、まだ戸惑っている人もいますし、個別バラバラの状況を伝えたい。人ってそんな簡単に、復興だ、前へということじゃない。そいうところを丁寧にしていかないと被災した人たちの孤立感は深まってしまうんじゃないかって。大したことはできないけど、私たちはあなたのことを忘れてはいないということを伝えていきたいと思っています」
と、力強く決意を語っていました。

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『RE:プロジェクト通信』は、荒井駅舎内にある「せんだい3.11メモリアル交流館」に設置しているほか、HPでも閲覧できます。

RE:プロジェクト
http://re-project.sblo.jp/



(取材日 平成28年2月26日)