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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2016年3月7日月曜日

2016年3月7日月曜日10:22
こんにちは。kaiiです。
今年は暖冬傾向のため、庭のツバキがいつもより早く、トキの羽色のような美しい花を咲かせました。


東日本大震災から5年がたとうとしています。
震災の風化が進み、沿岸被災地を訪れる人も減少しています。比例するように、私たちの被災の記憶も薄れてきています。

震災の風化を少しでも遅らせるために「学び」をキーワードとして、東日本大震災が発生した平成23年秋から毎日、南三陸ホテル観洋が運行している「震災語り部バス」についてお知らせします。

語り部バスは、毎日午前8時45分にホテルを出発します。
約1時間かけて町内の被災した場所を巡り、南三陸町を訪れた人たちに、震災当時のことや町の歴史、復興に向かう町の様子などを伝えています。

震災語り部バスの運行は、町外から南三陸町を訪れた人に震災で甚大な被害を受けた町内を
ホテルのスタッフが案内したことから始まりました。

南三陸ホテル観洋の女将阿部憲子さんは、
「南三陸町を訪れた人たちに南三陸町の被災の様子を見て、知っていただくことで、語り部バスに乗車いただいた皆さんが災害に対し、意識をもって取り組む機会になればと考えています」

「団体のお客様だけでなく、個人でお泊りのお客様にも南三陸町の震災被害について知っていただきたいです。語り部バスがその機会になればと思います」
と話します。

震災から20年後に当たる2031年まで県有化されることになった
南三陸町防災対策庁舎
(撮影:平成27年11月)
コースは、ホテルを出発し、高台にありながら被災した戸倉中学校、解体された戸倉小学校、高野会館、2031年まで震災遺構として保存が決まった防災対策庁舎などを見てまわります。

南三陸ホテル観洋が所有する高野会館
(撮影:平成27年11月)
語り部バスでは、悲しい記憶だけでなく、避難行動や判断などについても語られます。
ホテルの語り部を担当するスタッフの皆さんは、「伝えることが私たちの使命です」と、自身の被災の体験も含めて話します。

南三陸ホテル観洋が所有する「高野会館」では329の命(2匹の犬を含む)が、スタッフの判断により助かりました。
当日は、地域の高齢者の演芸大会が開催されていました。
大きな揺れと海の異変に気がついたスタッフが、「高齢者の足では町の指定避難場までに行く間に命が危険にさらされる」と判断し、身体を張って参加者が会館を出るのを制止し、屋上に避難するよう誘導しました。
屋上に避難したものの、津波は屋上までしぶきになり押し寄せました。更に高いところにある機械室に避難し、体を寄せ合い寒さをしのぎ、高野会館にいた人たちの命は守られました。



東日本大震災が発生した午後2時46分で止まったままの
南三陸町立戸倉中学校
(撮影:平成27年11月)
南三陸町立戸倉中学校の時計は、東日本大震災が発生した時刻、午後2時46分で止まったままになっています。
海に近いものの、高台にある中学校にはたくさんの人が避難していました。
戸倉中学校には2方向から津波が押し寄せ1階が被災しました。

橋の架け替え工事が進む南三陸町内の工事現場
(撮影:平成27年11月)
復興に向けて町は大きく変化しています。
被災前の町の営みも、震災で傷ついた町の姿も少しずつ記憶から消えています。

嵩上げ工事と復旧工事が進められる南三陸町志津川の様子
(撮影:平成27年11月)
私たちの使命は、「震災の記憶を後世に語り継ぐこと」です。
町内の人からも賛否両論のご意見をいただきます。しかし、語ることをやめてしまったら私たちの経験した「東日本大震災」の記憶が風化してしまいます。災害からどう命を守るのか? 後世に伝え学ぶ機会をつくることが大切だと思います。

語り部バスで自身の震災経験も含めて話してくださったスタッフの方が結びに話した言葉です。


人口減少と高齢化の進む環境の中で、災害からどう命を守るのかについてもういちど考えてみるきっかけを、「震災語り部バス」は、私に「学び」という視点で与えてくれました。

(取材日 平成28年2月8日)