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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2016年3月9日水曜日

2016年3月9日水曜日20:17
こんにちは。kaiiです。
東日本大震災からもうすぐ5年になろうとしています。震災を経験した私たちは、「災害時にどう命を守るのか」「その時何が必要なのか」「その後の備え」はなど、時間の経過とともに起こるさまざまな問題や課題に向き合ってきました。

「その時、何が必要なのか」をあらためて考えてみようと思います。
今回はその3回目。
気仙沼市本吉町在住のフィリピン人女性、紺野クリスティナさんの経験から「家族の避難」について考えたいと思います。

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「ツナミの時、私のパートナーは、親戚の家の船が流されないように船を岸壁につなぎに行きました。彼に再会するまでの間とても心配でした」


クリスティナさんは、東日本大震災の時、気仙沼市本吉町小泉の水産加工場で働いていました。
早番勤務で午前6時から仕事をしたため、地震が起こった午後2時46分ごろは休憩をとっていました。
休憩所で休んでいたクリスティナさんは、経験したことのない大きな地震に驚きました。
繰り返す大地震にクリスティナさんは、歩くことができず、はって一旦外に出ましたが、休憩室にまた戻りました。

会社の人たちに「逃げろ!」と言われましたが、「逃げる」ということがよく分かりませんでした。
「逃げろ!」と繰り返し言われ、海の近くの水産加工場から自宅へと向かって避難を開始しました。

国道45号を小泉海岸から大谷海岸に方向の自宅に向かって車を走らせました。5kmほどの道のり。車で10分ほどですが、大きな揺れと避難する車が渋滞してなかなか自宅に戻ることができませんでした。

クリスティナさんは、家に戻りながら、小学校にバスで通学している子どものことが心配でした。
自宅に戻ると、パートーナーが海岸へ行ったことを避難していた親戚から伝えられました。

パートナーと子どものことを心配しました。
パートナーは船ごと流されたものの木に登って助かっていましたが、親戚が亡くなりました。
子どもの安否が心配だったクリスティナさんは、揺れが少し治まってから、義父と相談して山道を登り、午後11時に小学校にたどり着きました。
ランドセルは流されていましたが、彼女の子どもは避難していて無事でした。
クリスティナさんは、子どもの安否を確認し義父と子どもといっしょに自宅に戻りました。
自宅にはたくさんの人が避難していました。

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クリスティナさんは、東日本大震災まで「ツナミ」のこと、「避難」について、分からなかったと当時のことを振り返ります。

その経験から、避難することの大切さ、共助の大切について話します。

私は「ツナミ」が分かりませんでした。「逃げろ!」という言葉が分かりませんでした。
嫁いでから積極的に友達をつくらなかったことも一因です。
震災後、バヤニハン気仙沼フィリピノコミュニティと出会い同胞の友達がたくさんできました。
自分から話し掛け、友達と相互理解を深めることで、共助の関係性を築くことができます。
バヤニハン気仙沼フィリピノコミュニティのメンバーは、私にたくさんの言葉を教えてくれました。
人のつながりはとても大切だと思います。
外国人の私は、コミュニティーの中で生きていくために、「つながり」を大切にしていきたいし、同胞たちにもつながりを大切にしてほしいです。

クリスティナさんは、共助できる関係性の構築と家族の避難について家族で話合うことが大切だと話します。

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震災後、クリスティナさんは介護の仕事をしています。

平成23年6月から、認定NPO法人「難民支援協会(JARーjapan association refugees)」(東京都新宿区)とLETS WALKなどが、外国人が再就職できるよう資格の取得を支援する取り組み事業に参加しました。
今ではホームヘルパー2級の資格を取得し、気仙沼市内の老人介護施設で介護員として働いています。

資格取得の際にも、バヤニハン気仙沼フィリピノコミュニティのメンバーが専門用語を平易に言い換えるなどのサポートをしました。

介護の仕事でも、利用者とのコミュニケーションが難しかったクリスティナさん、を介護施設の日本人スタッフがていねいに指導しました。

この経験からも、クリスティナさんは、人のつながりがとても大切だと考えています。

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介護福祉士の資格を取得したいと話すクリスティナさん。
震災から5年。今年3月に震災後初めて一時帰国し、震災の際、食事も摂れないほど心配してくれた母国のお母さんに会いに行くそうです。

コミュニケーションを大切にすることが命を守る大切な手段だとクリスティナさんは繰り返し話しました。

震災から5年。新しいコミュニティーが形成され、新たな人間関係つくりが始まっています。
お互いがお互いを理解し共助の関係性の構築のためにも、クリスティナさんのいうように、コミュニケーションはとても大切だと思います。


(取材日 平成28年2月9日)