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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2016年3月24日木曜日

2016年3月24日木曜日10:49
こんにちはエムです。

東日本大震災発生から5年を迎えた2016年3月11日。この日は東北各地で追悼式や慰霊祭が行われました。
山元町でも町体育文化センターで追悼式が行われましたが、町の中心部から北に位置する牛橋区でも民間の団体の協力の元、慰霊祭と鎮魂のコンサートが行われました。
2012年から毎年開催されていましたが、今回初めてその様子を取材しました。


朝から晴天に恵まれましたが、風が強く体感温度は真冬並みの寒さの中、会場となっている「牛橋区民会館」には地元の方やボランティアなど、約150名が集まっていました。

食べ物のブースも出され、地元の皆さんが作った豚汁や玉コンニャクの他、ボランティアの方々による焼きそばや唐揚げ、奈良県から取り寄せた厚揚げなどが格安料金で振る舞われました。

地元の皆さんによるとん汁と玉コンニャクのブース
前日から煮込んで味を染み込ませた玉コンニャク!

会館の外に設置された椅子では、地元の方とボランティアの方が思い思いに座り食事をしている中、牛橋区の区長さんを発見。お話を伺いました。

石橋区長の斎藤智博さん(右から2人目)と、幼なじみだという地元の皆さん
「『未来に向かって助け合い』のような牛橋区を応援してくれる方がいるのは、ありがたいことです。我々はお互いに話し合いながら、いろいろ助けてもらっています。
今までもボランティアの人たちを呼んでいただいて、側溝の掃除、泥さらいなどさまざまな事をやってもらっているんですが、昨年は拠点となる『山元夢ファーム』を作ってくれました。そして桑の木を植えて桑茶を作ったりもしてくれています。
あの人たちがいないと、この地区の人たちは我々もみんな年寄りばかりですから。

山元町は新しい町造りに力点を置いて今工事をやっていますが、同時に常磐線も内陸移転ということで工事を進めているところです。
この牛橋区では新しい線路を通すために19世帯が立ち退き、内15世帯が苦渋の選択をして町外へ移転しました。でも山元町全体を考えて我々は協力しているのです。
この牛橋区にはそういった問題点がいっぱいありますが、今は中心部の工事を早く進めてもらい、完成したらこの牛橋区の道路やいろんな環境整備を早く整えてほしい。それが我々の願いです」

◇関連記事
2016年年2月10日 順調に工事中!JR常磐線【2015.12〜2016.2版】(山元町)
http://kokoropress.blogspot.jp/2016/02/zyobanline201602.html

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[鎮魂のふれあいコンサート]

午後1時からは、髙橋房代さんと福井福治さんによる「鎮魂のふれあいコンサート」が開催されました。
会場となった会館の大広間は、町民の方やボランティアの方でほぼ満席となり、髙橋さんの美空ひばりに似た張りのある元気な歌声と、福井さんの温かで遥か彼方まで心を連れて行ってくれるようなオカリナの音色が流れる、心温まるコンサートとなりました。

「花は咲く」「涙そうそう」などのオカリナと歌のコラボ曲
「いい日旅立ち」「愛燦々」などの髙橋さんの歌が披露されました
髙橋さんと福井さんの詳しいプロフィールは、前回の記事を参照ください。

◇ 前回の記事===============
2016年3月4日(金) 鎮魂のふれあいコンサート〜in 山元町牛箸区民会館(山元町)
http://kokoropress.blogspot.jp/2016/03/in.html
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「NPO法人 未来に向かって助け合い」理事長の福井さんは、オカリナを独学で演奏・作曲までこなしています。このコンサートでは「天空のオリオン」、福井さん作曲の「流るる」2曲が演奏され、その哀愁のある調べに聞き入りました。


また、会場の皆さんと一緒に歌うコーナーもあり、日頃からカラオケ大好きという町民の皆さんの素晴らしい歌声を聞くこともできました。

「赤とんぼ」「見上げてごらん夜の星を」などを一緒に歌いました

ストレッチダンスを披露する皆さん。衣装は手作りです
コンサートの最後に、震災後に生まれた山元町の歌「この町で」に合わせて、ストレッチダンスが披露されました。http://yamamotoasobitai.web.fc2.com/yamauta_tukuritai.html

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[慰霊と鎮魂の風船を空へ]

慰霊祭の最後には「風船飛ばし」が行われました。風船には、それぞれの思いを込めたメッセージを書いた紙を付けました。

奥さまは先ほどのコンサートで、最後にストレッチダンスを踊った1人です
このご夫婦は当時、家にいたチワワ犬を連れに家に戻った時に3メートル以上の津波に襲われ、家ごと流されたと語ってくれました。
「イヌをポケットに入れて2人で2階に上がり、そのまま流されてしまいました。そして坂元駅と国道6号の角でちょうど止まって助かりましたが、10メートル先に時速約100キロメートルで流れている引き潮が見えました。あれに乗ってしまっていたら助かりませんでした」

風船に付けたメッセージには、
「あっという間の5年でした。これからも元気でがんばっていきたいと思います」
「被災地で生活する人々がさらに幸せになりますように」
「もっと早く復興がされますように祈ってます」
などと書かれていました。

久しぶりで会う人、きちんと正装した町民の皆さんの姿が印象的でした
そして迎えた午後2時46分。町全体に鳴り響くサイレンと共に1分間の黙祷をした後、走り広敏さん(アミイファクト株式会社 代表取締役)の「やまもとちょう!」という大きな声と同時に、風船を空に飛ばしました!




山元町からの帰り道、細かな雪が降り始めました。雪は夜になっても暗い空からはらはらと踊るように降り続いていました。
まるで震災当日と同じような天候の、5年目を迎えた3月11日でした。

次回は、このイベントを成功させるために全国各地から駆け付けてくれたボランティアの皆さんをご紹介します。

(取材日 平成28年3月11日)