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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2016年2月11日木曜日

2016年2月11日木曜日9:17
こんにちは、にゃんこです。

昨年の11月20~23日に、仙台市男女共同参画推進センター エル・パーク仙台にて行われた「男女共同参画推進せんだいフォーラム2015」

“一歩前へ!”をメインテーマに、仙台市内で活動している市民グループが、女性と防災、平和、子育てなどを
キーワードとしたさまざまなプログラムを行いました。

前回はその中の一つ、福島県から母子避難をしているママたちのこれまでを振り返る「福島の女性たち」についてご紹介しました。

▼2015年12月19日
“ママはいつも太陽のような笑顔で”母子避難で揺れる福島の女性たち
http://kokoropress.blogspot.jp/2015/12/blog-post.html

今回は、宮城、福島の女性たちが集まってともに復興に向けて歩んでいこうという、「“きもち”をつなぐカフェ」の模様をお伝えしたいと思います。


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「“きもち”をつなぐカフェ」が行われるきっかけとなったのは、昨年9月26日、27日に開催された、福島の被災地を巡るというスタディーツアー「“きもち”をつなぐバス~福島行」

宮城で復興やまちづくりに取り組む女性たちが、震災から4年半を経た福島を訪れました。

ツアーの詳細についてはこちらをご覧ください。
http://www.sendai-l.jp/jbf/1046/

(写真提供:せんだい男女共同参画財団)

(写真提供:せんだい男女共同参画財団)

今回はこのツアーの際に現地コーディネートとガイドを務めた「女子の暮らしの研究所」の方々と「恵むの杜」の阿部恵さんをゲストに迎え、ツアーを振り返りながら宮城と福島の女性たちの交流を深めようというのがこの日行われた「“きもち”をつなぐカフェ」です。

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18才以上母親未満の福島の女の子たちはこれからをどう生きるのか?

女の子目線で福島のさまざまな情報を発信していきたいと、郡山市出身の日塔マキさんが2012年に立ち上げた、「女子の暮らしの研究所」
これからの暮らし方を考える福島の女の子のためのプロダクションです。

福島市を拠点に、語り部ツアーのコーディネートや福島の伝統工芸品を使ったアクセサリーの制作・販売、イベントの企画、ラジオ番組の制作などを行っています。

代表の日塔マキさん。ほんわかと柔らかい語り口調と笑顔が素敵!

カフェではアクセサリーや雑貨の販売も行われました
こちらはHPからも購入できます!

人気の会津木綿を使った「ふくいろピアス」(左)と
彫刻の端材を利用したブローチ(右)


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日塔さんの出身、郡山市は、福島第一原子力発電所から約60km。

「避難するかどうかどう判断したらいいか分からなくてすごく悩みました。国は避難してなくてもいいって言うけど、避難したほうがいいっていう情報もあったり、宙ぶらりんだったんです。
震災後すぐ東京に避難しましたが、ただちに健康に被害はないという報道を聞いて、また郡山に戻って。でも自分で情報を集めないとやっぱりダメなんじゃないかって。このまま住み続けるか避難するか毎日毎日悩みました」

日塔さんは当時27歳。そろそろ結婚して子どもがほしいと考えていた時期だったと言います。
でも子育て中の友達はどんどん郡山を離れていく…。

このままここで結婚して子育てをしていいの? この体で子どもを産んで大丈夫なの?

悩んで悩んで出した答えは、千葉への自主避難。

「いざ生活を始めると、東京で聞く福島のことと、自分が知っている福島のことがあまりにも違うんです。福島の子どもたちが甲状腺癌の疑いがあると報道される中で、クリスマスを間近に控えたこの街はキラキラと輝いてみんなおしゃれをして楽しんでる。そのギャップに心が痛くなった…」

福島のことを発信するのにはどういう方法があるのか?
「私と同じように、福島の女の子たちもこの体で子どもを産んで大丈夫なの? 子どもに影響はないの? 結婚するときに差別されない? ってすごく不安に思っていたんです。でもそれを口にすることもタブーという雰囲気があった」

不安に思っている子たちが、不安だと発言できる場所を作ろうと、任意団体ピーチハートを設立。

「震災当時は話しにくかったことも、時間がたって徐々に話せるようになってきました。女の子たちは刻々と状況が変わるし、選択しなければいけないし、でもその気持ちを口に出せなかったんです。言えない気持ちを吐き出せるような場所を作りたいと思い、再び郡山に戻って女子の暮らしの研究所を立ち上げたんです」

「震災のときはまだ小さくて理解できなかったことも、理解できる年齢になっている。彼女たちも大人になっていく過程でいろんなことが分かってきた。そういう彼女たちのサポートをしていきたい」
と、日塔さん。
(左から)せんだい男女共同参画財団の大羽沢さん、女子の暮らしの研究所の
虷澤さん、日塔さん、林崎さん、恵むの杜の代表阿部さん
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「“きもち”をつなぐバス~福島行」を振り返って宮城の参加者たちからは、

「まだまだ復興は遠いということを感じました。でも女性たちがパワフルに活動している姿を見てとても感動しました」

「あまりの大変さと途方もない除染作業に言葉を失ってしまった」

「福島を訪問したのは2年ぶりでしたが、2年前と全然変わっていない状況を目の当たりにして、自分に何ができるのか考えながら帰ってきました。今は防災リーダーとして活動したり、震災について各地で話をしたりしています。宮城のことだけでなく、私が見た福島の姿も発信していきたい」
といった声が上がりました。

最後に日塔さんは、
「福島の状況が変わらないことも、汚染水が漏れているというニュースにもいつの間にか慣れてしまっている自分がいました。このツアーを開催してやっぱりこれって普通じゃないんだよねって思ったんです。やっぱり福島のことを発信しなければいけないとあらためて思いました」
と、強い決意を語りました。

宮城は宮城、福島は福島という形ではなく、お互いに想いや情報を共有しながら、みんなで復興を考えていく女性たちの姿はいきいきと輝いて見えました。

宮城と福島の女性たちの交流はこれからも続きます。

せんだい男女共同参画財団「女性と防災」
http://www.sendai-l.jp/jbf/

(取材日 平成27年11月22日)