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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2015年12月17日木曜日

2015年12月17日木曜日9:03
寒くなりましたね。kaiiです。
東日本大震災から4年9カ月。南三陸町は復興に向かって大きく変化しています。



「こんにちは。今日のおすすめはねぇ~」



笑顔で出迎えてくれたのは、南三陸町で三代続く鮮魚店を営む、「さかなのみうら」の社長、三浦保志さんです。


店内には、南三陸町で水揚げされた魚が店内いっぱいに並べられています。


「特にオススメは?」三浦さんに伺うと、「刺身盛り合わせがオススメ!採算度外視で、新鮮な魚を食卓に届けています」と話します。


三浦さんは、東日本大震災の大津波で志津川港の近くにあった店舗と自宅を失いました。
自身も大変な状況でありながらも、東日本大震災発生直後から、「誰かがやらなくちゃ」「このままふるさとをゴーストタウンにさせてたまるか!」との強い思いを胸に、炊き出しや支援物資の仕分けなどの活動を開始しました。


三浦さんの活動をインターネットなどで知った多くの人が全国から集まって三浦さんの活動を支え、町内だけでなく町外の避難所へも支援物資などを配布しました。

三浦さんは、漁師さんたちの漁業再開に向けて、漁船や漁具の購入のための資金を募金で呼び掛けるなどの活動を続けました。

物資を配布して避難所や仮設住宅を回っていると、「そろそろお店を再開してけんねべか~。おいしい刺身が食べたいよ。避難所では煮魚も食べられない・・・」というお客さんたちの声に後押しされて、震災から6カ月が過ぎた平成23年9月29日、三浦さんは「さかなのみうら」を志津川町内に再開しました。
仮設住宅の狭い台所では、魚を捌くのに難儀していた人たちが、三浦さんのお店の開店を喜びました。
しかし、開店して店の運営が軌道に乗り始めた矢先の平成26年9月15日未明に、火災で店を失いました。


三浦さんは、「お客さんが待っている」「ひとふんばり」そんな思いで立ち上がりました。「南三陸さんさん商店街」から100歩ほどのところにあった工場を改装して、平成26年12月、店を再開しました。

「火災後にも、たくさんのお客さんに励まされました。毎日、朝から改装作業を始め、午前2時くらいまで作業を続けて、12月に店を再開できました。前に進むしかありません」と三浦さんは力を込めます。


南三陸さんさん商店街のすぐ近くにあるお店の中は、新鮮で安価な魚を求めるたくさんのお客さんでいつもにぎわっています。


三浦さんは震災後に、仮設住宅で暮らす高齢者世帯や単身世帯の人たちから要望で、惣菜の販売も始めました。

惣菜の販売コーナには、揚げ物や煮物、サラダなどが並びます。

三浦さんは、「震災前は、刺身のニーズはあったけど、惣菜のニーズほとんどなかった・・・」

「仮設住宅の小さな台所で、魚の調理は大変です。震災後は、老人だけの世帯、単身者の世帯が増え、魚を1匹買っても食べきれない人たちも多い」


「魚は食べたい、でも・・・」
「困っている人がいるから助けになればといい思い、惣菜は毎日考えて作っています」

「家族みんなで囲む食卓がいいんだけどね・・・」と三浦さんは話します。

三浦さんは今後について、
「商売を続けていくには、問題も山積していますが、この商売は継続していきたいと思います」
「私の商売は地元南三陸町や気仙沼港から仕入れた新鮮な魚を、お客さんに安く、喜んでもらえるように提供することです」
と話します。


現在、従業員は13人。
若い人材の確保と後継者を育てることが必要だと三浦さんは話しています。

平成27年9月に発生した関東、東北豪雨の被災地への支援活動も、三浦さんは続けています。
常総市で避難生活を続ける人たちに、必要に応じて「鮮魚」を送るボランティアを続けています。

「おたがいさま」「できることで私たちも恩返し」「もう大丈夫ですと言われるまで続けます」と
気取らない笑顔で話します。

震災後、私たちの生活は大きく変化しました。変化した生活を受け入れながら、新しいニーズにも寄り添う。
三浦さんのお話を伺いながら「柔軟性」について考えました。

(取材日 平成27年10月29日)