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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2015年12月3日木曜日

2015年12月3日木曜日9:03
石野葉穂香です。

宮城県最南端の町、山元町。
太平洋と阿武隈山地北端の丘陵地に挟まれた細長い平野部に開けた町です。
東部にはほぼ真っ直ぐな海岸線が南北に続き、平野部もそれに沿って広がっています。

3.11の津波は、山元町の海岸線を襲い、平野部へ軽々と乗り上げて、JR常磐線さえ越えて、最大で海岸から3.6kmまで津波が到達しました。

今年3月11日時点における、山元町での震災関連死者数は636人。

明治三陸、昭和三陸、チリ地震津波など、近年、三陸沿岸を襲った大津波はいくつかありますが、山元町は大きな被害を受けたことがありませんでした。
「ここは大丈夫、という油断があった」と語る住民の方もいらっしゃいます。

海岸近くに花釜という地域があります。
11月1日、その花釜地区の鎮守様である「青巣稲荷神社」で、秋の例祭が行われました。
でも、今年の例祭は、ちょっと特別なものでした。

震災後、初めてお神輿の渡御(後神霊がお祭りなどでお神輿に乗せられて巡幸すること)が行われ、JR常磐線の旧山下駅付近の住宅地を5年ぶりに練り歩いたのです。
お神輿巡幸の直前、JR常磐線山下駅前にて。
駅もまた津波で冠水し、現在は休止中です
青巣稲荷神社は海岸線から約500mほどのところにあります。
あの日の大津波は境内にまで押し寄せて、鳥居や社殿、鐘楼堂などを流失させてしまいました。
そして、神社に保管されていたお神輿もまた、流されてしまったのです。

神社の例祭は、昨年復活したのですが、
「やっぱりお神輿がほしい」「もう一度、お稲荷さんに歩いてほしい」
地区の人々は、お神輿が練り歩いたかつての風景を懐かしく思い出しました。
熊本県の神社から寄贈されたお神輿。
花釜地区の皆さんの大切な行事をこれから見守り続けてくれます
青巣稲荷神社のすぐそばに普門寺という曹洞宗の寺院があります。
震災後、普門寺には、ボランティア活動の拠点となる「おてら災害ボランティアセンター(通称・テラセン)」が設けられ、お寺と地域の復興を願って、全国から数多くの人たちがやってきました。

普門寺もまた、津波で大きく傷つき、本堂はその後解体されてしまいます。
住職の坂野文俊さんは、ひとりコツコツとお墓のガレキなどを片付けていましたが、その様子を見かね、お手伝いを申し出た人がいます。
テラセンの初代所長となった藤本和敏さんです。
もうすぐ宮司になる藤本さん
藤本さんは、名取市で介護の仕事に携わる傍ら、震災直後から、災害ボランティアとして神社の再興に尽力。境内の草刈り、鐘突堂の再建、どんと祭などにも協力してきました。

そして、今年1月、前の宮司が退任されたことで、地域の皆さんは、藤本さんに後任をお願いすることに。

藤本さんは悩んだそうですが「神社には宮司が必要。地域の人たちの気持ちがここから離れないよう」と、引き受けることを決意。
「おまつりだー!」
子どもたちもうれしそうです
昨夏、東京で1カ月間の神職養成講習会を受講し、もうすぐ青巣稲荷神社の宮司としての辞令を受け取る予定です。

お神輿の復活に力を尽くしたのも、藤本さんと坂野さん。
秋祭りで使うお神輿を探していたところ、災害ボランティアを通じて、熊本県苓北町の富岡神社の宮司さんから
「新しいお神輿を作ったことで、今は眠っているお神輿がある。これを寄贈したい」との連絡があり、これをいただくことになりました。
花釜の海岸で浜下りの神事
そして11月1日、待ちに待ったお神輿巡幸が、5年ぶりに復活したのです。

お神輿は、まず神社で「お宮出し(出御)」の神事が行われ、神様の御霊をお神輿に移します。
続いてお神輿は花釜地区の海岸に運ばれて「浜下り」の神事が行われました。藤本さんが海水を汲んで神前に捧げます。
藤本さんが海水を汲み、
お神輿に捧げます
その後、トラックで山下駅前へ運ばれ、いよいよ渡御がスタート。
「こども神輿」も一緒に練り歩き、ワッショイ!の威勢のいい声が家並みにこだまします。
神事のあと、浜から担ぎ出されました
お神輿の重さは約300㎏もあります
堤防を下ってトラックに載せられ
山下駅へ移動
山下駅前から花釜地区の家並みの中へ進んでいきます
「花釜にお神輿が帰ってきた!」「子どもたちの元気な声、久しぶり」「やっぱり賑やかなのが好き!」

地区の人たちは大喜び。いっぱいの笑顔でお神輿を迎えたのでした。

この日はまた、お神輿の担ぎ手、お祭りのお手伝いスタッフとして、2つのボランティア団体が、遠く関東、関西、広島県から駆けつけてくださいました。

広島県からやって来たのは、福山市を拠点とする「てごうし隊」の皆さん。
「てごうし隊」の皆さん。前列左から二人目がリーダーの馬場依奈美さんです。
2011年7月に初めて山元町入り。その直前に有志が集まって作られた団体です。
「てごう」とは、広島県備後地方の言葉で「お手伝い」という意味。

「何かてごうしようか?(何か手伝おうか?)
「ちょっとてごうしてくれ。(ちょっと手伝って)」というふうに言うのだとか。

つまり「てごうし隊」とは「手伝いたい」という気持ちから名付けられたのでそうです。

「当時、山元町はまだ立入禁止で・・・。復興が遅れていると伺い、活動の場として山元町を選びました。以後、2カ月に1回ぐらいのペースで来ています」
とお話しくださったのは代表の馬場依奈美さん。

「今日は高校生2名を含む13名で来ました。これまでの参加者は延べ270人ぐらいかな。
今日のお祭りは、住民の皆さんがまた集まって来られたのを見てうれしかったです。また来ます」
岡山県の安井さんという方から山元の皆さんへ、
300㎏のお米が寄贈されました。
袋の文字は、すべて安井さんの奥様の手書きです
そして「IVUSA(International Volunteer University Student Association)」という国内最大の学生ボランティアチーム。
関東と関西から約20名の皆さんが来てくださいました。

リーダーは活動ごとに変わるそうです。この日のリーダーである倉本夏歩さん(法政大学3年生)にお話しを伺いました。
「2012年、支援が遅れているまち、困っているところへ行こうということで初めて山元町へ来ました。今日はお祭りを通じて、地域の方々がコミュニティを再構築しようとしているところに立ち会えてうれしかったです。そして力強いと思いました。これからもずっと応援していきたいです!」
明るく元気で、やさしく、たくましく、力持ち。関東と関西からやってきたIVUSAの皆さん。
前列左端、メッセージを持っていただいているのがリーダーの倉本夏歩さんです

お賽銭箱を担いだり、子ども神輿のお手伝いも。
やさしいお兄さん、お姉さんたちに出会って
子どもたちも楽しそうでした
藤本さんは
「天気もよく、無事に進行できてよかった。そしてほっとしています。地区の方々、ボランティアの皆さん・・・。私もこの地区のお手伝いがうれしかった。
神社のお祭りは地区の皆さんのもの。一緒にできたということがほんとうによかったなと思います。神社は花釜地区の氏神様。地域とともに再び歩き出して、まつりもまた一緒に成長して行けたらと願っています」

復興を目指すとき、いちばん大きな力になるものは「絆」です。
地域の人たちの心を一つにし、応援してくれる人たちとの縁と絆を、いっそう強く結び合わせてくれるお祭り。

冴え渡る秋空の下、厳かに、賑やかに、青巣稲荷神社のお神輿が復活しました。
空と海の神様が微笑んでくれたようなお天気でした。

(取材日 平成27年11月1日)