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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2015年10月11日日曜日

2015年10月11日日曜日12:14
石野葉穂香です。

9月6日、名取市にある「ゆりあげ港朝市」で、シンガポール在住の歌手・Sachiyoさんのコンサート、『Songs from Singapore to Tohoku 2015 ―シンガポールの音楽を東北へ―』が、昨年に引き続いて開催されました。
Sachiyoさんに書いていただいたメッセージは「Terima kasih !」
マレー語で「ありがとう!」という意味です
昨年の記事はこちらです。
Sachiyoさんと閖上の関わりや、被災地に寄せてくださる思いなどについてはこちらをご覧ください。

2014年11月3日月曜日
「優しさと強さのメッセージ 『Songs from Singapore to Tohoku2014』 @ゆりあげ港朝市(名取市)」
http://kokoropress.blogspot.jp/2014/11/songs-from-singapore-to-tohoku2014.html

東日本震災から、もう4年半が過ぎました。
今なお仮設住宅に暮らす方も、仮設店舗のままで商売を続けている方もたくさんいます。

被災地の現状は、今もそんなふう。
4年半という月日は、辛い記憶を和らげてくれた一方で、その辛い記憶を人々の中から忘れさせようともしています。
日和山から仙台市内方面(北側)を撮影。
工事が今も続けられています
でも、
まだ、終わった訳じゃない――。
東北を、被災地を、いつも気にかけ、思いを寄せ続けてくださる人も、もちろんいらっしゃいます。
Sachiyoさんも、そのお一人。
Sachiyoさん。おばあちゃんが山形の方で、
「私にも東北の血が流れているんですよ」
そして、Sachiyoさんの呼び掛けに、シンガポールのミュージシャン仲間であるMei Sheumさん(キーボード)、Colin Yongさん(ベース、フルート、中国笛)が、一緒に来日されました。
Meiさんは、昨年も閖上に来てくださった方です。
Mei Sheumさん
Colin Yongさん













         Sachiyoさんの、ゆりあげ港朝市でのコンサートは、今年で4回目。
でも、この日は、台風が近づいていた影響もあって弱い雨が降り、音楽イベントにとっては、ちょっと残念な天気でした。

昨年のコンサートは、市場の一角にあるメイプル館前のステージで行われましたが、いつ降り出すか分からない空模様の下、楽器やPA機材に何かあってはたいへん。
と、会場は、メイプル館の館内に変更されました。
10時45分、コンサートが始まりました。
オープニング曲は、シンガポールの応援歌のような歌『Singapura、Sunny Island』と、Sachiyoさんのオリジナル曲『Lah Lah Lah Singapura』のメドレー。
ゆったりと身を任せたくなる明るく軽快なメロディ。
お客さんたちも、そっとリズムに乗りながら、肩を左右に揺らせています。
会場では先着100名の方に
シンガポールの国花である
ランの花がプレゼントされました
そして、昨年はアンコールで歌ってくださった、やはりSachiyoさんのオリジナル曲である『故郷(ふるさと)~My Hometown~』も。
記者も大好きな曲です。
あの日と、あの日からの暮らしを重ね合わせたのか、涙ぐむ方も。
「ふるさとは、心の中にちゃんとある。その町で生まれて、その町で育った誇りがあれば、どこに行っても大丈夫。そういうメッセージを伝えたくてこの曲を書きました」とSachiyoさん。

その一番の歌詞を掲載させていただきます。

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 ここにいるよ ここにいるよ
 心がずっと泣いている

 悲しみを脱ぎ捨てて 私は今 ここにいる
 目を閉じれば広がる あの広く青い空

 海 山 川 花の香り
 さよならも言えなかった
 あの町に残した想いが 消えては押し寄せる

 見えない光に 肩を震わせ
 握りしめる 昨日の未来

 風の中に探してしまう
 大切な人 懐かしい声

 故郷はずっと心にある
 凛と 凛と 深く

  『故郷(ふるさと)~My Hometown~』
   作詞/作曲 Sachiyo
=======================

シンガポールは多民族国家です。
英語、中国語、マレー語など言語も多彩なら、ジャズ、ポップス、ボサノバ、エスニックと、街に流れる音楽もさまざまです。
毎日の暮らしが、そんな色彩にあふれる国で活動するミュージシャンは自然と、感覚が豊潤になっていくのかなと思います。
出自や人種や民族、そして言語、年齢、性別、さらには国境をも超えたやさしくて確かな普遍性。
Sachiyoさんの情感あふれる歌声が、柔らかく、風のように、ダイレクトに心の中に吹き込んできます。

さて、この日は、スペシャルゲストが登場しました。
今や多くの宮城県民が口ずさむ、あの『わせねでや』を作曲したヒザシさんです。
ヒザシさん。
桂島うたプロジェクトの中で「わせねでや」を作曲。
この曲は「加藤登紀子withみちの空」としてCD発売され、
震災の記憶を伝える歌として、ヒザシさんをはじめ
今、多くのミュージシャンの方が歌い続けていらっしゃいます
「♪島の風に この身 を吹かれ・・・」で始まるこの曲の歌詞は、浦戸諸島・桂島に住む内海和江さん(80歳)が、震災直後の避難所生活の中、桂島の風景に思いをはせながら綴ったもの。
詞を知ったヒザシさんが、その女性と一緒に、島民の思いをさらに重ね合わせて歌詞を完成させ、懐かしい風景を思い出させるような美しいメロディを付けました。

そして、加藤登紀子さんや、気仙沼出身の熊谷育美さん、邦楽ユニットの閃雷さん、スタジオミュージシャンの黒瀬寛幸さん、斉藤洋介さんらとともに、思いを一つにレコーディングしたこの曲は、その後、多くのミュージシャンの賛同を得て、今や多くの人に歌われています。

塩竈市営汽船の浦戸航路では船が各港に到着する際の「着船メロディ」としても使われていて、乗船時に聴いたことがあるという方も多いのではないでしょうか。

ヒザシさんは、シンガポールを訪ねた際、Sachiyoさんに「ぜひレパートリーに加えてください」と『わせねでや』のCDを手渡し、歌の心が結ばれたのでした。

 
菜の花が咲く桂島の春の夜の情景など、花咲く島々と、青海の光と風に包まれた浦戸諸島ののどかな暮らしと人情を、やさしくて、どこかなつかしい調べに載せて、朗々と歌い上げます。

『わせねでや』とは、「忘れないでね」の東北弁です。
島のこと、島に起きたこと、これからの未来へ向かってがんばっている島の人たちのことを、『わせねでや』と、やさしく願う歌です。

塩竈市営汽船・浦戸航路
(2015年6月6日撮影)
浦戸諸島・野々島の宇内浜
(2015年6月6日撮影)
 「昨年11月、シンガポールに行く機会があり、そのとき、シンガポールで活躍しれている音楽家の方にお会いしたいなと調べていたとき、Sachiyoさんのことを知りました。Sachiyoさんは、お時間を1時間ぐらい用意してくださっていたのですが、僕が道に迷ってしまい(笑)、実際にお会いできたのは20分ぐらいでした」とヒザシさん。

それでも、ヒザシさんはCDを手渡し、歌っていただけたら・・・とSachiyoさんに思いの丈を伝えます。

「そして今日、ご一緒しませんか? とお話をいただいたことに、とても驚きました。『わせねでや』を、ほんとうに歌ってくださっているんだということが、すごくうれしかった」

「曲は、塩竈市営汽船から見える景色も思い、桂島や海をイメージして、この景色に合うメロディにしたいと思いました。でも、正直悩んで・・・。悩んだとき、また桂島へ行き、浜辺で『音楽に勝るものは何か』って考えたとき、『自然の音にはかなわない』と思いました。
風の音、波の音、砂を踏む音、鳥の声・・・。島に流れる音が、この島の音楽なんだ、僕たちをいちばん癒してくれる音はこれなんだ・・・って感じました。でも、この音をメロディにするのが僕の役目だ! って強く感じて、奮起して作りました」
野々島・宇内浜のハマヒルガオ
自分だけが感じた事柄を、誰にも伝わっていけるようなカタチに創りあげてくれる。
それがアーティストという「お仕事」なのかなと感じました。
ヒザシさんの心象のフィルターを通り抜けた桂島の音や声、色、光、匂い、空気・・・が、美しいメロディとなって、聞く人の心の糸を震わせます。

この日のコンサートでSachiyoさんが歌ってくださった曲は、アンコールも含めて10曲。
でも、できれば屋外ステージで、閖上の大地と空にもSachiyoさんの声を聞かせたかった・・・と思いました。
「ココロプレス様」とサインをいただきました
Sachiyoさんからのメッセージです。

「今がどんな状況にあっても、前を向いて歩いていくこと。これだけは変わらないはず。私自身、もう一度、気を引き締め直して歌わせていただきました。
日本にいると、皆で足並みを揃えなくちゃ・・・みたいな部分も感じますが、でも、まずは個の力。自分をしっかり持つことが、前進するためにはすごく必要なんじゃないかなと思います。自分の人生ですから自分でしっかり選ぶ。それがあれば、きっとがんばっていける。そういったメッセージを込めて、曲を選びました。
昨年は『閖上は、どっちの方向へ進むのか・・・。ちょっと迷っている感じ』を受けました。
でも、今年は変化があると思いました。動き始めている。聞いてくださった皆さんからも、前を向こうとしている気持ちが伝わってきました」


「ふるさとは心の中にある。町は壊されても誇りは消えない。ふるさとの誇りがあれば、前を向いて歩いていける。日本で生まれてシンガポールで活動している私の実感でもあります」

やさしさと強さのメッセージを、今年もいただきました。
Sachiyoさんは、きっとこれからも、何度も閖上を訪ねてくださるはず。
今回、会場へ来られなかった方も、次回はぜひ、お運びください。

(取材日 平成27年9月6日)