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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2015年9月25日金曜日

2015年9月25日金曜日8:00
こんにちはエムです。

昨年の暮れに山元町に取材に伺った時、偶然、岩佐孝子さんという1人の女性に出会いました。
岩佐さんは同年3月まで山元町役場職員でしたが、定年退職を機にほぼ毎日、ボランティア活動に力を注いでいるという方。

ざっとお聞きしただけで数種類のボランティア活動を行いながら、イベントの企画・運営に関わったりする他、全国各地での公演なども行っていると話をしてくださった岩佐さん。
「今までたくさんの人にお世話になってきたので、感謝の気持ちでやっています」
と、終始にこやかに話している姿が印象に残り、その存在がずっと気になっていました。

そこで今回は、岩佐さんの活動の様子を実際にリポートしてきましたのでご紹介します。

旧山元町立中浜小学校に到着

「やまもと語りべの会」のメンバーの1人でもある岩佐さんはこの日、「語りべの会」としてバスに乗車しました。

大震災当時の様子を、県外から山元町にボランティアに来ていた皆さんに、自らの体験を交えながら岩佐さんの視点で語ります。
その内容は、新聞やテレビ、雑誌やネットでも知ることのできない、真にせまった被災現場の話でした。

関西からボランティアに来てくれた皆さん。2日前の夜に関西を出発し、翌日の朝到着後からすぐに
ボランティア活動をし1泊。この日も作業を終え「かたり部」岩佐さんの話を聞いています。
この後バスで帰るのだそうです

「この校舎は昭和63年度に建てられました。約30年前なのに、津波が来る事を想定した工夫が施されていたんですね。
土盛りは1メートルの予定を、1.5~2メートルにしていましたし、いつでも上に上がれる外側の階段も設けています。今は多くの学校で取り入れてますが、その当時からいろいろ考えて建てられていました。

加えて先生や地域の人たちが、この学校を建設する時からこの校舎で助かるようにと、脈々と安全教育、安心できる教育をつないでくれていたことがありました。
そういった下地があって、あの日大津波が来ても、屋上に避難した子どもたちと先生たち、地域住民の皆さんの命が助かったんです」

記念碑の大きな石や、鉄筋の太い柱も簡単に壊せる津波の力の大きさが分かります

「しゃがんで上を見てください。2回の天井まで津波が来たんです」

岩佐さんは津波で犠牲になった友人や知人の話やその家族、現在の町民の方の様子などをも、時に悲しそうに、時にあっけらかんとした口調で話します。

孫のように可愛がっていた幼稚園と保育園に通っていた子どもたち。
中浜小学校で神楽を教えていて、最後まで子どもたちのことを気遣っていた男性。
子どもたちを心配して迎えに来る途中で犠牲になってしまったお母さん。
娘の死を妻に言えない男性の話。
自宅の2階に逃げて、そのままノアの箱船のように流されて助かった人、助からなかった人……。
そして今でも傷ついている心を抱えたままの子どもたちのこと。

「堤防や防災林が無くなって初めて、海からこんなに近い場所だと気付かされました。
災害はいつ起こるか分かりません」岩佐さんの話に真剣に耳を傾ける参加者の皆さん

「今ここに生きていることが当たり前ではありません。ここに来れていること、支えてもらっている人に、こういった企画をしてくれた人に感謝してください。
あの日から私たちも変わりました。
今生きていて、このように皆さんに出会えることにも感謝しています。

今、一瞬一瞬が奇跡なんです。
そういうことを考えながら、子どもたちも一生懸命生きています。

1歩1歩前へ進んでいる被災地ですが、まだまだ復興に時間がかかると思います。
どうかこれからも忘れずに足を運んでください、足を運べない人でも心を寄せていてください。『がんばれよ』『ふんばれよ』というエールを送り続けてください」

バスで移動中も、その場所ごとに当時起こった事を話す岩佐さん

こうした岩佐さんの活動や、「語りべの会」の活動に心を動かされ、被災時の写真の掲示などを手伝う方や、「語りべの会」に入会する方も現れています。
それぞれ、震災に遭った山元町の様子、震災から現在までの様子を、自分の目で見て体験してきた視点から語っているそうです。

「語りべの会」のツアーは、これまで新聞やテレビなどでは決して知り得なかったことを知ることも、もちろんできるのですが、私たち自身、災害があった時にどう行動したら良いのか、また、本当に防災につながるには、日頃どういったことに気を付けたら良いのか……といった知識や啓示につながるものでした。
機会があれば皆さんも是非、参加してみてください。

次回は、山元町にボランティアに来る人や、地域の皆さんに開放しているという岩佐さんの自宅を取材しましたので、その様子をお届けしようと思います。


「できる人ができるところから……そう思ってやっています」
そう言って笑う、岩佐さんのエネルギーの源を探ってみたいと思います。

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[前回の記事]
201523
感謝の気持ちで個人で活動(山元町)

[関連記事]
「やまもと語りべの会」(山元町)
山元町の未来のために[前編]
悲しんでばかりはいられない[中編]
自分の命は自分で守る[後編]

(取材日 平成27年8月29日)