header

宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

ヘッダー写真説明文

写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2015年7月11日土曜日

2015年7月11日土曜日8:55
こんにちはエムです

去る5月30日に山元町中央公民館で行われたシンポジウムの「後編」です。

☆ーー☆ーー☆ーー 津波防災シンポジウム ーー☆ーー☆ーー☆
大震災から学ぶ教訓〜後世への震災伝承〜

前回の記事
====================
2015年7月5日 日曜日
大震災の教訓を生かすために~津波防災シンポジウム~(山元町)
http://kokoropress.blogspot.jp/2015/07/blog-post_5.html
====================

「前編」では神戸大学名誉教授の室崎益輝さんによる基調講演をお伝えしましたが、ここでは山元町教育委員会教育長の森憲一さんと、「やまもと民話の会」の庄司アイさんのお話を中心にお伝えします。



☆ーー☆ーー☆ーー 情報提供 ーー☆ーー☆ーー☆
大震災の教訓と伝承中浜小・震災遺構の検討を通して

山元町教育委員会教育長・森憲一さんからは、東日本大震災の大津波から90名の命を救った中浜小学校と震災当時の山元町の様子、そして現在の中浜小学校についての議論を中心にした講話がありました。

人口16,695名の山元町では東日本大震災で674名が犠牲になりました。そのうち町民は636名、行方不明者は17名です。

震災当日の様子、そして続く数日間の緊迫した状況。震災発生から山元町で何が起こっていたのか……体験した方から直接聞く話は真に迫り、同時に津波の恐ろしさや無情さを感じる内容でした。

山元町教育委員会教育長・森憲一さん

そして震災3年後の平成26年、中浜小学校を震災遺構として保存するかどうかを検討するため、山元町に「伝承検討委員会」が立ち上がりました。
一般社団法人減災・復興支援機構の理事長、木村拓郎さんを中心に、大学教授や元中浜小学校の関係者など、10名前後のメンバーで構成され、同年3月11日から5回にわたる会議で検討を進めてきました。

また伝承検討委員会では、平成26年3月から4月にかけて町民を対象にした「震災遺構や中浜小学校についてのアンケート」を実施しました。
町内5,000世帯に問い掛け、約1,900世帯から回答を得ましたが、約7割が「中浜小学校を震災遺構として残すことは震災伝承に役立つ」と回答しています。

平成27年1月15日には町に「震災伝承及び震災遺構の保存・活用に関する提言書」を提出。町では提言書を踏まえ、具体的な検討を進めているところだそうです。

問題点は、保存する場合の維持管理負担が大きいこと。震災遺構を存続するのか、それとも廃止するのかは、町として非常に苦慮しているのだそうです。

「悲惨な事実をどう子どもたちに残していくか、伝えていくかを考えなければなりません。
忘れ去られるとすれば、私たちの中の弱い心、そこに本当の敵がいるのではないか……と思えてならない」

森さんはそう言って講話を結びました。


☆ーーー☆ーーー☆ーーー 情報提供 ーーー☆ーーー☆ーーー☆
 巨大津波を語り継ぐ

庄司アイさんは、民話や昔話を語ることで、地域の文化や歴史を次代に引き継ぐことを目的に活動する「やまもと民話の会」の一員です。
「民話の会」では、津波被害の歴史を後世に残す活動もしています。

「私は物心がついた小さな頃、近くの諏訪神社に大きな姥杉がありました。
『杉の木のてっぺんには鉄の鎖がつながれているんだど』と聞かされて育ちました」

抑揚があって柔らかい山元の言葉で話す庄司さんの語りは、一瞬にして会場にいる人を話に引き込みました。

大震災では庄司さん自身も被災しました。
山元町町区に住んでいた庄司さんと家族は、自宅の家ごと800メートルも大津波に流され、引き潮で太平洋へ流されそうになったところ、かろうじて海の手前で家が止まり助かりました。
町区は海から3キロメートル離れていますが、それまで“生き字引”と呼ばれていたどんな長老も、「常磐線を超えて来る津波はないんだからな」が常識でした。
決まり文句のように誰もが言っていたことで、住民はそれを聞いて育ってきたのだそうです。

庄司さんの話に引き込まれる参加者

「ところが突如として震災があり、大津波に飲まれてしまった。海の手前で一晩過ごした体験、この被災体験を千年先も永久に語り継がねばならないと感じたんです」

庄司さんは状況が落ち着いた頃、民話の会のメンバーに連絡を取り、メンバーの皆さんと状況を語り合いました。そして、「この体験を語り継ごう」と提案しました。すると全員が即「やりましょう!」と言ってくれたそうです。

「『あったる事をありのままに』後世に伝えていこうという『民話の会』の姿勢で、大震災を体験した方に、あるがまま、辛い体験を話してもらいました。
厳しい現実の中、聞いたことをそのままメモを取り、泣き泣き話を記録させてもらいました」

その記録は「語りつぐ巨大津波」として、平成23年8月10日に第1集「証言」、12月に第2集「声なき声に寄りそう」、翌年4月に第3集「鎮魂・復興へ」が刊行されました。
(現在は3冊がまとめられ、単行本として小学館から出版されています)

「やまもと民話の会」庄司アイさん

また、歴史の年表には記録が無かった、400年前の「慶長の大津波」の史実を知った庄司さんは、目からウロコが落ちたように感じたと言います。

それは平成の大津波をはるかに超える大津波だったのです。
そして調べてみると、本当は山元町も何度も津波に見舞われた歴史があったのに伝わってなかった。
きちんと後世に伝えるためには、体験者や良き伝承者がいることが大事なのだ」
そう気付かされたそうです。

「現在の日本は、文明の発達で語りの文化が “掃き溜め”の隅っこに押しやられている感じがします。家庭でも会話がなく、それぞれで画面に向かって遊んでいる家庭が多いのではないでしょうか。
荒ぶるこの日本で、荒ぶる日本列島で、平成のこの大津波を永遠に語り継ぎたい。そう思っています」

☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆

伝承サポーター認定式

東日本大震災の苦い経験を後世に伝承していく取り組みとして、宮城県土木部が平成23年から実施している3.11伝承・減災プロジェクト」があります。

「伝承サポーター」とは、「3.11伝承・減災プロジェクト」の主旨に賛同し、後押ししてくれるサポーターのことです。
自らが所有する建造物などに、津波浸水表示板を設置した個人や企業の方が認定されます。
宮城県では昨年と今年で、計53の企業、団体、個人を「伝承サポーター」として新たに認定し、この日出席した4名に認定書が手渡されました。
( ※「3.11伝承・減災プロジェクト」や「伝承サポータ」の詳細については、宮城県土木部防災課のホームページをご覧ください。
http://www.pref.miyagi.jp/site/0311densyogensaip/)

宮城県土木部久保田技監兼次長(中央)と、認定者のみなさん

こうして3時間にわたるシンポジウムが終わりましたが、長時間にもかかわらず、参加した皆さんは最後まで熱心に耳を傾けていました。
中には講演後、個人的に講師の室崎さんに話し掛ける姿もあり、関心の高さが伺えました。

こういったシンポジウムを機に、民間と行政が互いに歩み寄り、東北の本当の復興とは何なのかを真剣に話し合い、みんなで考えるきっかけになれば……。
そう考えずにはいられませんでした。

主催者の宮城県土木部防災砂防課と、山元町町役場の皆さん


☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆

◇ 山元町ホームページ
http://www.town.yamamoto.miyagi.jp/

◇「3/11伝承・減災プロジェクト」
http://www.pref.miyagi.jp/site/0311densyogensaip/

(取材日 平成27年5月30日)