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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2015年5月29日金曜日

2015年5月29日金曜日8:00
こんにちは。kaiiです。

平成27年4月25日にネパール連邦民主共和国を中心に発生した地震では、周辺国を合わせると7400人以上が死亡したと伝えられています。犠牲になられた方々のご冥福をお祈りしたいと思います。

先日、東日本大震災の際に受けた支援の恩返しをしたいという気持ちをこめて、気仙沼市民と近隣の町などから、ネパール地震被災地への支援の輪が広がっていることをお伝えしました。


平成27年5月15日
母国のために役立ててください。広がるネパール地震被災地支援(気仙沼市)
http://kokoropress.blogspot.jp/2015/05/blog-post_15.html


今回は、「SOS NEPAL支援」の代表、小野一太さん(69)に、地震発生から1カ月が過ぎた現地の様子と、気仙沼市民などから贈られた募金が現地でどう使われているかについて伺いました。

小野さんは、ネパール・インド料理店「イエティ」のオーナーです。
登山愛好家として、現在も登山教室「お散歩クラブ古狸(こだぬき)」のインストラクターをしています。


平成27年4月25日にネパールで地震が発生するとすぐに、「イエティ」に勤務していたディパック・ラジ・ケーシーさんたち従業員を、「店の営業よりもネパールの支援が優先」と考え、母国に一時帰国させました。
ケーシーさんは5月13日に気仙沼市を出発しネパールに帰国しました。

右側ディパック・ラジ・ケーシーさんとその家族のみなさん
(写真提供:小野一太さん)

そして、首都カトマンズから40kmほどの場所にあるカリパティという地域に住む家族と無事に再会することができました。


ネパール地震で倒壊したケーシーさんの自宅
(写真提供:小野一太さん)

ケーシーさんは帰国前に行ったココロプレスの取材で、
「帰国したら多くの協力者を募り、山岳地帯で支援が届かず困っている人たちを支援をしたいと思います」
と話していました。


写真右側が赤十字社から贈られたテント
左側が小野さんがケーシーさん家族のために贈ったテント
(写真提供:小野一太さん)

ケーシーさんは帰国後、すぐに行動を開始しました。

小さな集落にはなかなか支援が届かないため
ケーシーさんが現地で調達した物資を
被災者に届けています
(写真提供:小野一太さん)
気仙沼を出発するまでに市民や近隣地域の人たちから集まった義援金はおよそ120万円。
ネパールに着くとすぐにそのお金で食料やテントなどを調達して、政府の支援が届かない少数民族の村や集落などに届けています。


標高の高い場所にある集落までは車が入れないため、現地で協力者を集め、荷物を背負って徒歩で支援物資を届けています。

被災したネパールの人たちに食糧とテントを届けるケーシーさん
気仙沼市民や近隣地域の人たちからの善意は
現地の人たちのために役立てられています
(写真提供:小野一太さん)

また、今回の地震で家族が亡くなって困っている財産の少ない小作農家の人たちには、義援金を渡しています。
倒壊したケーシーさんの実家
(写真提供:小野一太さん)


義援金の使途や現地の様子について、小野さんには電話で報告しています。小野さんはパソコンを使わないため、撮影した画像は協力者である「カメラのOGATA」の尾形さんに送信して、小野さんに渡してもらっています。

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ネパールは例年より3週間ほど早く雨季に入っているそうです。

ケーシーさんからの報告によると、現地では赤十字社から支援されたテントが配られているものの、雨季のネパールの雨はスコールのように強く降るため、配布されたテントでは雨漏りしてしまうのだそうです。

赤十字社からネパールの被災地に贈られたテント
(写真提供:小野一太さん)

そのため、ケーシーさんはテントを購入して、必要な人たちに配っています。

現地の建物の80~85%が被害を受けており、その半分は大きな余震などで倒壊の危険があります。そのため多くの住民は、テントを張って生活をしているそうです。
現地にはクロヒョウ、ヘビ、ジャッカルなどの野生動物が生息していることもあり、ケーシーさんは「仮設住宅がほしい」と小野さんに伝えてきています。


また、安全な水の確保にも困っているそうです。


ネパールで支援活動をするケーシーさん
(写真提供:小野一太さん)

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小野さんがネパールの人たちと交流し始めたのは今から40年ほど前のことです。
小野さんは27歳の時、登山を始めました。働いてお金を貯めて、ネパールの6000m~7000mの高さの山に登っていました。

小野さんはネパールの魅力について、山から望む風景とネパールの人たちの人間性だと話します。

小野さんは、心が落ち込む辛いことがあった時、ネパールの山岳地域に住む、少数民族タカリ族の集落に3カ月ほど滞在しました。
タカリ族の集落の人たちは小野さんを受け入れて、家族のように接してくれたそうです。

ネパールへの支援に感謝を伝える小野一太さん
これからもネパールには支援が必要だと話します


当時、小野さんが滞在していたタカリ族の集落では、大切な食料の一つであるリンゴの木に病気が蔓延していました。
小野さんは、日本に帰国し、岩手県陸前高田市米崎町(現在)のリンゴ農家に、ネパールからタカリ族の若者を研修生として受け入れてもらえるように陸前高田市に働き掛けました。

小野さんの働き掛けもあり、岩手県陸前高田市で、タカリ族の若者たちがリンゴの栽培を学んで帰国しました。

また、10年ほど前まで、小野さんは、岩手県和賀郡西和賀町沢内で自然学校の運営に関わっていました。
自然学校をやりながら、古民家を改装して、ネパールのカレーを提供する店を営業していました。
その時から、ケーシーさんは小野さんといっしょに働いていました。

以来、小野さんとネパールの人たちとの交流はもう40年以上続いています。

そして平成21年、登山教室が縁で気仙沼市にネパール・インド料理店「イエティ」を開店しました。

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小野さんは、今後のネパールへの支援について、
「ボランティアでネパールにいける人を探して、支援が届かない集落に支援を届けたいと考えています。東日本大震災の経験がある私たちにできることをネパールにも届けたいと考えています。物資の支援から人の支援に支援を移行していきたいです」
と話しています。

取材中も、ケーシーさんに幾度も電話してみましが、計画停電などの影響もあり話すことができませんでした。

ラトナパークに張られたテントの様子
(写真提供:小野一太さん)

現地の女性や子どもが困っていることについても後日ケーシーさんに聞いてもらえるように、小野さんに、お願いしました。

気仙沼市の人たちがネパールの地震被災地に思いを寄せるのは、自分たちが東日本大震災を経験したことが大きく影響していると思います。

小野さんが「物資の支援から人の支援へ」と話すのも、東日本大震災の経験があるからだと感じました。

(取材日 平成27年5月25日)