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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2015年4月13日月曜日

2015年4月13日月曜日9:53
石野葉穂香です。

東日本大震災から4年目の「3.11」。

「南三陸町総合体育館 ベイサイドアリーナ」では、14時30分から、ご遺族や関係者など約800人の方々が出席して「南三陸町 追悼式」が催行されました。


会場には、国主催の「東日本大震災四周年追悼式」(於:国立劇場)の中継映像が映し出されます。
地震が発生した14時46分、1分間の黙祷が捧げられ、そして、安倍晋三内閣総理大臣が式辞を、天皇陛下が追悼のお言葉を述べられました。



そのあと、南三陸町の佐藤仁町長が登壇。
「今日もまた、あの日と同じような小雪混じりの寒い一日になりました・・・」
語り掛けるような声でした。

そして、
復興への歩みが進められていること。
壁にぶつかるたびに、亡くなった皆様の無念を思い、私たちは何をするべきかと、常に原点へ立ち返っていること。
復興を見守ってくださる多くの方、共に歩んでくださる方、ご縁を結んでくださる方々が全国にいらっしゃること。
・・・を、御霊に報告しました。

佐藤仁町長
「世界中の人たちが〝南三陸町に住みたい〟と言ってくれるような、笑顔あふれる町に再建することを御霊の前に誓います。そして復興へ歩み続けるすべての人々に、天上より無限のお力添えを賜らんことを切にお願い申し上げます」

続いて遺族を代表し、高校1年生の熊谷美里さんが言葉を述べました。

「震災前の南三陸の街並みが大好きでした。でも、どんなに泣いても願っても、海はそれを返してくれませんでした」

熊谷美里さん


おじいちゃんっ子だったという熊谷さん。でも、大好きだったおじいちゃんを津波で亡くしました。
これから笑って生きていっていいの? そんな思いもあったとか。
震災から1年以上が過ぎて、おじいちゃんが発見されました。左手の腕時計はなお、時間を刻み続けていたそうです。

「魂が生きているのかな、そう思いました。そして、家族の笑顔を撮影するのが大好きだったおじいちゃんに、笑顔を見せていこうと思ったんです」

そして、支えてくれる多くの人がいること、感謝を忘れないで生きていきたい、と。

「今日という日は、生きたくても生きられなかった人たちの〝明日〟です。そのことを忘れないで、笑顔を忘れないで、何事にも挑戦していきたい」

おじいちゃんのことも、
そして、たくさんの人の支えがあったことも、
それに対する感謝も「忘れません」

宮城県は、この日を「みやぎ鎮魂の日」と定め、県庁をはじめ大河原町と大崎市にある2つの県合同庁舎に、献花台と記帳所が設けられました。

また今年は、「東日本大震災 復興パネル展 in 東京スカイツリー(3月6日~12日)」の会場にも記帳所が設置され、多くの方が訪れてくださいました。

南三陸町には、14日から仙台市で開催された「第3回 国連防災世界会議」に出席するために海外から来仙中だった外国人の方々も出席。

また、兵庫県宝塚市の入庁1年目の職員の皆さんが、式典のお手伝いとして来られていたほか、2012年から南三陸町の支援活動を行っている「東北再生 私大ネット36」のメンバー校である大正大学と國學院大學の学生たちも、この日、駐車場の誘導整理、会場での案内などを務めてくださいました。

「私大ネット36」の「36」とは「三陸」つまり南三陸のこと。
東日本大震災後から復興を進める南三陸町において、私立大学が連携して10年間にわたって支援活動を行っていくために発足しました。

各校の学生たちが連携しあい、南三陸で独自性のある活動を展開しながら、学生同士または地元の人たちと交流を図る中で視野を広げ、次世代を担う人間としての成長が期待されます。

私大ネット36のみなさん。
追悼式の運営をお手伝いくださいました。
これからもぜひ、ずっと笑顔を届けてくださいね
――震災から4年が過ぎました。被災地の今を見て思うことは?
「工事もまだまだ途中。学生である私たちが関わりの持てる時間には限りがありますが、被災地の復興はずっと続きます。震災を忘れちゃいけないし、〝今〟を伝え続けていかなければいけないと感じました」

震災から4年。日を数えると、1461日が過ぎたことになります。
沿岸に行けば〝あの日〟を思い出さずにはいられません。忘れられません。
「被災地のことを忘れないで――」という発信は、今も続いています。

一方では「忘れたい」とおっしゃる方もいます。
だから、「忘れたい人」を支えている人たちが、忘れないで伝えていかないといけないのだと思います。

そして「ずっと支えている人がいる」・・・ということも。。。

伝えていかなければいけないのは、誰?
忘れちゃいけないのは、誰?

それはこの国に生きる「みんな」です。

2015年3月11日。震災から1461日目の星空 (午後10時過ぎ)。
左の島影は志津川湾のシンボル・荒島、いちばん明るい星はおおいぬ座のシリウスです

月日はどんどん過ぎていきます。
同時に、被災地が受けた傷や痛みも、だんだん癒えていくのだと思います。

だからこそ、伝えていくべき「私たち」が、忘れちゃいけない。

「忘れてないよ」という何かのアクションは、例えば現地においしいものを食べに行く・・・。
そんなお茶っこ飲み的な交流だけでも、いい。
それが、これからもずっと〝支援〟になるはず。

「また来たよ~」がやっぱりうれしいですから。

(取材日 平成27年3月11日)