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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2015年3月4日水曜日

2015年3月4日水曜日9:59
石野葉穂香です。

2月8日、南三陸町の消防署へ、関東地方から高校生たちが訪ねてきました。
彼らを町へ連れて来たのは、以前、こちらでも紹介させていただいた「ボーズ」というボランティア団体の皆さん。
「ボーズ」の南三陸町での活動は、今回で何と30回目にもなります。

「ボーズ」の活躍をご紹介した記事はこちらです。

2014年10月5日 日曜日
人懐っこさが継続力の源 ボランティアチーム『ボーズ』の活躍 (南三陸町)
http://kokoropress.blogspot.jp/2014/10/blog-post_5.html

昨年末、「ボーズ」の皆さんは、都内で『南三陸の美味しいハナシ』という高校生向けのイベントを開催しました。

震災後の辛い話ばかりじゃなく、南三陸の魅力も皆に知ってもらおう・・・と、南三陸のおいしい海産物も用意し、町からはゲストも招き、南三陸のいいところ、素晴らしいところを皆で話し合ったのでした。

平成25年7月20日、「長須賀海岸海水浴場」のオープニング。
川越西高の3年生(当時)の皆さんが、
当日の朝まで清掃活動を行いました

2013年7月23日火曜日
「子ども海広場」OPEN! そしてさらなる〝つながり〟の予感
http://kokoropress.blogspot.jp/2013/07/blog-post_23.html

今回、南三陸を訪れたのは、このイベントに参加した生徒たちが中心。
中には、これまでも、南三陸を訪ねてくれていた高校生もいました。

また、2014年の夏、同町の長須賀海岸海水浴場が再開したとき、埼玉県立川越西高の当時3年生の皆さんが、浜辺の清掃活動などを手伝ってくれたのですが、当時1年生だった生徒も、今回『南三陸の美味しいハナシ』に参加したことから、南三陸に来てくれることとなりました。

さらに、川越西高の先生は、「この機会に南三陸を見てほしい」と、新たなメンバーを校内で募ってくださったそうです。

2月6日、川越西高の男子6名と、国際基督教大学(ICU)附属高校の男子6名+女子1名、そしてボーズの大人5人は、埼玉県のJR高崎線宮原駅に集合。大型レンタカー2台に分乗して東北道を北上し、2月7日早朝、南三陸へ着きました。

歌津地区にある「平成の森」で仮眠した後、志津川漁港にある「牡蠣部会」や、歌津の「金比羅丸」さんを訪ねて、作業のお手伝い。
そして、ボーズ専属の現地コーディネーターであるMさんの案内で、町のあちらこちらを見学しながら〝あの日〟のこと、あれからの日々のことを聞かされ、学んだりしました。

「金比羅丸」高橋直哉さんの作業場でお手伝い
高橋直哉さんの記事は

2014年6月19日ムーヤオ日
「やっぱり海はおもしろい!」 若き漁師シリーズPart2 
http://kokoropress.blogspot.jp/2014/06/part2.html

浜のゴミ拾いも

歌津・伊里前の鎮守様
「三嶋神社」にて

志津川の「おおもり食堂」で夕食
「おおもり食堂」の記事は

2014年5月14日水八尾の日
南三陸町「おおもり食堂」が移転しました。
http://kokoropress.blogspot.jp/2014/05/blog-post_7266.html

そして翌日、2月8日、彼らは南三陸町の消防署を訪問。
署員で指揮隊長の佐々木敦さんが、震災当日の様子、消防職員としての対応、行動、活動などについて、スライドを使いながら詳しく話しました。

高校生の中に、今春、卒業後に消防士となる生徒が4人いました。
川越西高校の中野悠希くん、栗原智くん、及川亮太くん、杉山寿希也くんです。

お話の冒頭で佐々木敦さんは「消防士になる人って誰?」と質問。
4人が手を挙げました。

講師を務めた南三陸消防署の佐々木敦さん(中央)。
震災当日は気仙沼署にいたそうです

「では、私からのお願いです。
・・・絶対にムリはしないで、絶対に殉職などしないでください。
私は、今回の震災で、仲間を亡くしてしまいました。これは今も大きな悲しみです。
組織にとっても。そしてその職員の家族にとっても、です。私たちは、まだ、その悲しみから癒えていません。
だから、無事に帰るということは、何よりも大事です。
いいですか? 決して殉職だけはしないでください。」

あの日、震災という未曾有の大災害に際会し、その最前線で不眠不休の活動を続けた消防士の方からの、ズドンと来るひと言。

「テレビなどでは、消防士がガレキの下から誰かを救助するシーンが流され、ヒーローのように放送されたこともありました。でも、違います。ヒーローなんていません。消防士も普通の人間です。消防士も家族のところへ元気に帰らなければいけません。どうか亡くなってしまうようなことのないようにお願いいたします」

生徒からも質問がありました


スライドの一コマ。
気仙沼市内の火災

「全国からたくさんの消防車と消防隊員が
来てくれたときは、涙が出そうでした」(佐々木さん)

かつての南三陸消防署は
現在の「さんさん商店街」そばの
BRT乗降場のところにありました

このあと、佐々木敦さんは、震災時の写真や、さまざまなデータを紹介しながら、管内の被害について話しました。

南三陸町に来て、そして、災害時に実際に活動された現地の消防士さんの話を聞いて、彼らはどう感じたのでしょう?

消防署の隣に建てられた「東日本大震災 殉職者 慰霊碑」
震災によって、管内で10名の消防士の方が亡くなりました
4月から埼玉県川越地区消防組合に消防士として勤務する中野悠希くんにお話を伺いました。
最初の1年間は研修と訓練、2年目になって、消防学校に半年間通うのだそうです。

――消防士になろうと思ったキッカケは?
「中学生の時、職場体験で消防署を選んだんです。当時、僕は野球部員で、チームワークで仕事をするというところにも心ひかれました。身体を動かすのが好きだし、身体を張って人を助けるという消防士の仕事に憧れました」

――震災の報道に接した時、どう思いました?
「震災は、僕が中学2年の春休み直前の出来事です。自然の力は怖いなって正直、思いました。でも、消防士になるのをやめようとは思わなかったですね。被災地で、皆が助け合っている姿に『人の力のすごさ』も感じました。力を合わせれば出来ないことはないって」

――佐々木さんの今日のお話で印象に残っていることは?
「気仙沼の火災で、住民の方々がバケツリレーで消火活動をされていたというお話。消防士にも対応しきれないことはある。でも、だからこそ皆が団結した。たいへんな中でも皆が力を合わせていたことがすごいなって。僕も、どんな状況に出合っても、強く正しい判断ができる消防士になりたいです」

4月から消防士になる川越西高の4人
後列左から栗原智くん、中村悠希くん、
前列左から杉山寿希也くん、及川亮太くん

栗原くんは東京消防庁に、及川くんと杉山くんは坂戸鶴ヶ島消防組合にそれぞれ勤めることになっています。
4人は「レスキューを目指します!」と力強く答えてくれました。

ボーズのリーダー・佐々木元康さんは
「昨夜の夕食の時、高校生みんなからひと言ずつもらいました。表現の仕方はそれぞれでしたが、南三陸町をナマで体感してもらえて、南三陸のことを身近に感じてくれたみたいでした。これからも、もっと南三陸を知ってほしいですね」

佐々木元康さん(写真左・グリーンのジャケット)
本当は、消防士になる彼らの出番がないまま、定年を迎えてくれるのがいちばんなのだと思います。
でも、火災や事故は防ぐことができたとしても、天災は、人事を尽くしても、人間がどうこうできる事柄ではありません。

火災ばかりでなく、事故や天災などの現場へ真っ先に駆けつけるのが消防士。
その現場には、まさにたった今、苦しんでいる人、悲しんでいる人、困惑している人がいます。
消防士とは、そういう人たちに最初に出会わなければいけない仕事でもあります。

~「強い志」~
喜びも、困難も、これからたくさんのことに出合う彼ら。
強くてやさしく〝あなた〟でいてください
いただいたメッセージは「強い志」。

消防士を志した彼らも、そして今回、南三陸に来てくれた皆さん、誰もが、

志し高く、強くやさしい心 ・・・「Mighty Heart」
たくましく勇敢な心 ・・・「Brave Heart」

を、ずっと持ち続けてくれて、いつまでもやさしく、どこまでも強くなっていけますように。


(取材日 平成27年2月8日)