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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2015年1月17日土曜日

2015年1月17日土曜日11:14
ザーリャです。
JR仙石線本塩釜駅から、東へ歩いて数分。間もなく「海岸通1番、2番」地区に入ります。
震災以前に、「闇市」や「アーケード街」があったところと言えば、皆さんもご存じでしょう。

その面積は、両地区で合わせて約1.2ヘクタール。
宮城球場(楽天Koboスタジアム宮城:1.28ヘクタール)のグラウンド面積とほぼ同じ、広大な広さです。

ここに、新たな街が生まれようとしています。
門前町の雰囲気漂う銘店街や、周辺観光に利便性の高いホテル。
青い海へと続く「海岸通」に、再び街の明かりが灯ります。

塩竈市の壱番館庁舎側から見た、再開発計画の模型(1/300)。
画面中央の通りが「海岸通」。高架橋がJR仙石線です
壱番館庁舎の屋上から撮影した再開発予定地。
上の模型図と同じ場所を撮影しました。バスが走る通りが「海岸通」です
塩竈港と中心市街地とを結ぶ「海岸通」は、実はかつての海岸線(船溜)。江戸時代から続く商家も軒を連ね、物流や観光で大いに栄えた地域です。また、「2番地」の横丁にあった「塩釜海岸中央鮮魚市場」(通称「闇市」)は、塩竈市民の台所として活気あふれる場所でした。

しかし、3.11の震災では一帯に2m前後の津波が到達し、古い建造物が立ち並ぶ塩竈に、大きな傷跡を残しました。街の繁栄を支えてきた多くの商店も、惜しまれながら廃業し、建物は解体、撤去されていきました。
震災から4年目を迎えた塩竈には、新しい建物よりも、何もない更地が目立っています。

震災翌年、その一角にひときわ目を引く看板が掲げられました。
そこに記された、「覚悟」の文字。看板には、街の再生を願う人々のさまざまな思いが込められていました。

闇市があった「2番」地区。
右奥に見えるのが組合事務所です。
2013年2月8日 金曜日
「覚悟」が意味するもの① 復興市街地再開発が始動 (塩竃市)
http://kokoropress.blogspot.jp/2013/02/blog-post_8772.html

2013年2月8日 金曜日
「覚悟」が意味するもの② 準備組合が思い描く再開発 (塩竃市)


「塩釜海岸中央鮮魚市場」(通称「闇市」)の跡地に、一棟の事務所が置かれています。
震災翌年に設立された「海岸通1番2番地区市街地再開発準備組合」の事務所です。

「新しい街では、塩竈のさまざまな『旬』を提供したい」と話す鈴木成久さん

「この事務所の看板も、『覚悟』の文字も、副理事長であるお茶屋さんの『矢部園』が書いてくださったものなんです。
商売をされているせいでしょうか、塩竈の方々は、皆さんとても字がうまい。独学だそうですが、素晴らしいですよね。
私たちの思いがいっぱいに詰まっている文字です」

2年ぶりに訪れたココロプレスの取材を、理事長の鈴木成久さんは笑顔で迎えてくださいました。

◆任意団体から、事業主体となる「本組合」へ
「準備組合」の設立から2年が経ち、現在の組合員の数は57人。現地で営業を再開した方々に加え、震災後に他の地域へ移った地権者も含まれています。

組合が目指す再開発事業は、宮城県の「許認可事業」。県に対して事業の申請を行い、それが認められなくてはいけません。組合はその申請に向けた準備を、設立から2年をかけて進めてきました。

昨年11月に行われた臨時総会。
今年2月に結成が予定される「本組合」について、地権者へ説明を行いました

鈴木さんはこれまでの歩みを振り返りました。

「まず再開発事業に取り掛かる前段として、個々の地権者から『再開発に同意する』という合意形成を得ることが絶対条件なのです。その承諾を得るために、組合では地権者の皆さんとの面談を2年間にわたって重ねてきました」

県への申請に必要な同意は、地権者の「2/3以上」。その申請が認可されれば、「準備組合」から、晴れて再開発の事業主体である「本組合」に昇格するのです。

準備組合で事務局長を務める齋藤清弘さんが、その違いを分かりやすく説明してくださいました。

事務局長の齋籐清弘さん。再開発のエキスパートとして、
事務所でさまざまな事例に対応されています

「今の『準備組合』とは、いわば『町内会』などと同じ『任意団体』。活動にはさまざまな制約があるのです。『本組合』の認可を得て初めて、会社と同じように取引や商行為を行える団体になるのです」

申請が予定通りに認可されれば、2月の下旬には新たな団体「海岸通1番2番地区市街地再開発組合」が誕生します。

準備のために重ねた理事会は、間もなく100回。
鈴木さんは、「本組合」への昇任に向けて、心を新たにしています。

「今は、地権者の皆さんの合意形成を、もう一度しっかりと確認する時期です。計画を慎重に進めていかなければならない『最終段階』といっていいでしょう」

通常は『5年から10年は必要』とされる市街地再開発事業。
その大事業を組合員と塩竈市が一丸となって、わずか『数年』というスピードでやり遂げようとしています。

◆今年度(平成27年度)着工。その新しい街の姿
「再開発で建設される街の概要も、おおよそ出来上がっているのですよ」

事務所の一角に、真っ白な建築計画模型が置かれていました。
大きな2棟の建造物に加え、対照的な低層の建築群も並んでいます。

壱番館庁舎側(西)から見た再開発地区。
東西に走る「海岸通」(写真中央)を挟んで、南北に再開発対象地が広がります
同じ場所の建築計画模型。「海岸通」の左がホテル、右が複合型マンション。
ホテル東側に接続される低層建築棟には、地元商店の誘致が検討されています

海岸通の南側にある「1番」地区
ここには、12階建ての複合型マンションと、5階建ての塩竈市営駐車場が建設されます。

通りに面するマンションの1階部は専門店が、また2・3階には塩竈市の防災センターと事務所施設が置かれます。4~12階部分にはマンション90戸が整備され、数百人の人口増が見込まれています。

「2番」地区の現在の様子(北東から)

同じアングルから撮影した低層建築群。中庭を取り囲む配置です

闇市の跡がある「2番」地区。
ここには、8階建てのホテルと、それに接続する低層2階建ての建物群が計画されています。
中庭を取り囲む低層建築群には塩竈の銘店を誘致。通りや中庭の眺めを楽しみながら、食事やショッピングを楽しめます。

いずれの街並みも、門前町のイメージを損なわないよう、景観や外観に配慮した建物が考えられています。

「再開発は『街を造ったら終わり』ではありません。造られた施設は、私たちの子どもや孫の代まで引き継がれていくものです。その時代時代に合う形に適応し、進化させる必要があるはずです」

鈴木さんは街のあるべき姿を、そう考えています。

2014年3月に開催した「海岸通まちづくりと食の交流会」。
新しい街の計画が披露されました

組合では、組織内に「商業部会」も併設し、新しい商業施設の「あるべき姿」を検討してきました。その開催は40回以上に及びます。

「どのような商店がこの場所に最もふさわしいのか。また、誘致のために、どのような問題を解決すれば良いのか、現在も具体的な検討を重ねています」

交流会では、組合に多くの要望が寄せられました
組合が「まちづくり」で重要視するのは、「外からの視点」です。

昨年3月に開いた「海岸通まちづくりと食の交流会」。地域の方々に再開発への取り組みを理解していただきながら、さまざまな方々の「外からの声」を聞くために開催しました。

交流会の会場では、再開発計画の模型や図面を紹介。集まった500人の市民から、「まちづくり」への要望を集めました。寄せられた意見は報告書にまとめられ、基礎資料として計画の立案に反映されています。


◆「海岸通だけではない、塩竈市全体のために」
塩竈市にとっても、近代で初めての中心市街地の大規模再開発事業。

今まで、地権者、コンサルタントチーム、行政の三者がタッグを組んで、一歩一歩進んできました。開催される理事会には、塩竈市の佐藤昭市長も足を運びます。

塩竈市も、この海岸通の再開発に強い意気込みで臨んでいます。


「計画が進行するにしたがって、『これは私たちの商店街だけの問題ではない』と強く感じるようになりました。私たちの再開発事業をきっかけにして、塩竈市全体が抱えるさまざまな問題を、何とか解決したい。そんな意識に変わりました」

鈴木さんは、海岸通の再開発の成功が、「間違いなく塩竈市全体に波及効果を生み出す」と考えています。

「再開発を成功させて、『塩竈で商売が成り立つ』という状況を作り出す。それが、商店街の空き店舗の減少につながり、塩竈の街全体が変わります。他の商店街への波及効果は、必ず現れる。だから、この場所の再開発は、何としても成功させたいのです。今は一日も早く、そのための場所作りに取り掛かりたい。そんな思いで一杯です」

震災から4年を経た、平成27年度。

いよいよ海岸通で、再開発事業が着工します。

ココロプレスでは、引き続きその様子をご紹介する予定です。


(取材日 平成26年11月25日)