header

宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

ヘッダー写真説明文

写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2014年12月17日水曜日

2014年12月17日水曜日18:12
kaiiです。寒くなりました。冬が旬の魚介類や野菜の「鍋」がおいしい季節ですね。

明治時代から四代続く「鈴木金物店」は、東日本大震災の大津波で工場と店舗を失いました。

仮設店舗で営業している鈴木金物店
鈴木金物店の鈴木敦雄さんは、震災前、沿岸から1kmほど離れた気仙沼市田中前に店舗と工場を構え、建築用のガラスの加工などをしていました。

鈴木金物店では生活用品がたくさん扱われています
難しい鍵の合鍵も造っています
店舗では、魚市場で魚を入れる木箱に押す「焼印」、家を建てる時に使う釘などの金物、職人さんの使う包丁やのこぎりなどの道具、鍋や釜などの生活用品、合鍵を販売していました。

大きな鍋やタライなども陳列されています
東日本大震災の大津波で工場と店舗が浸水し、ガラスなどを加工する機械と店内の商品が水没し使用できなくなりました。
損害は所有していた建物7件を含めると、1億円近くになります。

=======================
鈴木さんは、震災直後から、仲間3人と一緒に気仙沼市内で仮設店舗を建てられる場所を探しました。
土地を見つけ、仮設店舗の設計図が出来上がりました。
しかし、工事を始める直前のところで、その土地は地盤に問題があり、仮設店舗の建設ができないことが分かりました。
鈴木さんたちの計画は振り出しに戻りました。

鈴木金物店の他3店舗が入居する仮設店舗

試行錯誤の結果、気仙沼観光桟橋に近い、気仙沼市魚町の鈴木さんが津波で失った自宅跡に仮設店舗を建設し営業を始めることになりました。
平成24年12月、グループ補助金などを活用して仮設店舗を建設、4店舗で営業を再開しました。
仮設店舗の構想を始めてから約1年間、鈴木さんたちはこうしたさまざまな問題で営業することができませんでした。

=============
営業は再開したものの、売上の構成が大きく変化したと鈴木さんは話します。仮設店舗は床面積が狭いため、売上の中心となっていたガラスなどの大型加工機械を導入できないためです。
鈴木さんは減少した売上を回復するためにさまざまな取り組みをしています。

金物屋の伝統「焼印」を押して造ったストラップは人気の商品です

営業再開後、鈴木さんは「焼印」を押した木製のストラップの製造と販売を始めました。
「焼印」は火で熱して、物に焼いた跡をつけるための、金属で作られた印です。
魚市場に水揚げされたカジキやマグロなどの大型の魚を運ぶ際、木箱が使われます。その木箱に、問屋の屋号などの印を押すために焼印が使われます。


金物屋が販売してきた「焼印」造りの伝統と金物屋と漁業のつながりを後世に伝えたいと鈴木さんは考えています。

大阪の問屋から直接仕入れている刃物は切れ味抜群です
家庭で使う包丁などの台所用品などの販売にも力を入れています。
包丁は、長年取引のある問屋から直接仕入れています。

鈴木さんは、「最近、台所用品は使い捨てられるようにデザインされた物が増えています。しかし、包丁などの刃物は、切れ味が悪くなれば研磨すれば長い間使うことができて経済的です」と話します。鈴木さんの店では、刃物の研磨もしています。
=================
震災後、受注が増えた物1つが「合鍵」だと話します。
仮設住宅への入居が始まった頃から合鍵の注文が増えているそうです。

安心して暮らせる「終の棲家」の合鍵をたくさん造りたいと鈴木さんは願っています


1日も早く、被災した全ての人が安心して暮らせる「終の棲家」に移り、新しい住宅の合鍵の注文をたくさんいただきたいと話します。
鈴木さんは、「復興」と自身も仮設住宅から早く「終の棲家」へ移住したいと願っています。

====================
鈴木さんたちが営業する気仙沼市魚町の仮設店舗も、区画整理の対象になっています。


気仙沼市魚町付近の様子
(平成26年11月13日撮影)
復旧工事が予定より遅れているため、しばらくは今の場所で営業できるそうです。
しかし、立ち退きになった後の営業場所のメドはまだ立っていません。

「気仙沼の企業200社がほどがグループになって受けた補助金も、店舗を本設置する場所の確保が難しいなどの理由で総額の25%ほどしか使われていない」と鈴木さんは話していました。

今回の取材を通じて、気仙沼市で生活する多くの人がさまざまなかたちで漁業に関わっていることをあらためて知ることができました。


(取材日 平成26年11月13日)