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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2014年12月2日火曜日

2014年12月2日火曜日10:53
石野葉穂香です。

宮城県では、全国からいただいたたくさんの応援や支援に対して感謝の気持ちを伝えるために、そして震災の風化防止と、さらなる中長期的支援への幅広い理解を求め、昨秋から「ありがとうポスター」の制作を重ねています。

舞台となっているのは沿岸部の15市町。
制作されたポスターが掲示されているのは、全国の地方公共団体(県や市町村)の庁舎や公共施設、JRの主要駅、高速道路のSAやPA、旅館やホテルなどです。

どこかでご覧になった方もいらっしゃると存じます。

また、紙に印刷されない11市町の「ポスター」もWeb版に掲載されます。ぜひ一度、のぞいてみてください。

「宮城から感謝をこめて2014」 https://sites.google.com/site/kanshamiyagi2/
「宮城から感謝をこめて(2013)」https://sites.google.com/site/kanshamiyagi/


今年も、すでに東松島市版と気仙沼市版が制作され、上記各所で掲示が行われています。
「ココロプレス」でも、東松島市版についてのエピソードも紹介しました。

今日は、気仙沼市版について報告します。

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ポスターの撮影が行われたのは「気仙沼南町紫市場」です。
気仙沼湾最奥部の「内湾」と呼ばれるところ。気仙沼大島へ向かう定期航路の汽船が発着する「エースポート」や「港ふれあい公園」のそばです。

「南町紫市場」は、直下の3棟のプレハブと、
道を隔てた赤屋根の建物の向こう側にある水色4棟、
合計7棟で54店舗が営業中です
東日本大震災の津波は「内湾」の奥にまで到達し、軽々と陸地を侵しました。
幾度か往き来した津波が収まったあとには、なぎ倒されたり壁が抜けてしまった家屋やビルの合間を、漁具や建材、車輌・・・元の姿をとどめない、さまざまな漂流物が埋め尽くしていました。

多くの商店は傷つき、また電気も水道もガスも途絶えてしまいました。
とても商売を再開できる状況ではありません。
しかし、商店主たちは負けませんでした。

古くから出船入り船でにぎわってきた魚のまちは、同時に「商都」でもあります。
南町の商店主たちは、1カ月後には青空市を立ち上げて、商売を再開。
そして、震災から9カ月後の2011年12月24日に、「気仙沼復興商店街 南町紫市場」がオープンしたのでした。



商都にいち早く〝復活〟の灯をともした紫市場には、買い物客ばかりでなく、全国からの応援も続々と集まってきました。
ポスターに連動したWebページでは、そんな交流の模様も紹介しています。

気仙沼市の南町紫市場ばかりでなく、被災地には、今でも継続的に足を運ばれている方々はたくさんいらっしゃいます。
その理由として「現地にたくさん友だちができたから」とおっしゃる方が多いようです。

今夏、8月2日と3日に行われた「気仙沼港まつり」にも、やはり多くの気仙沼ファンの皆さんが、全国から駆けつけてくださっていました。































東京大学の学生たちが立ち上げた「UT-Aid(東大-東北復興エイド)」の元代表・青木健吾さん(4年生)は、
「はじめは『助けたい』だったけれど、すぐ『この人たちのお手伝いをしたい』になって、今では『また来たい』『会いたい』になりました」

神奈川県で「復興支援チームtvt」を主催する寺田通子さんは、
「街の人ばかりでなく、ここで出会った全国の人たちとも知り合うことができました。気仙沼に来れば、街の人はもちろん、全国の気仙沼ファンの方ともお会いできる。だから私も気仙沼に来たくなるんです」

青木健吾さんと寺田通子さん
「ボランティアさんの数はだんだん少なくなっていますが、元ボランティアで来てくださった方が、今では『遊びに来たよー』って言ってくださる。〝つながり〟は途絶えず、今や気軽に遊びに来てくれる。それが私たちはなによりもうれしいんです」
とおっしゃるのは、気仙沼復興商店街副理事の坂本正人さん。

坂本正人さん

仙台市にある東北工業大学ライフデザイン学部・経営コミュニケーション学科の猿渡学准教授と学生さんたちは、震災後の商店街や街の移り変わりを映像として記録し続けています。紫市場の変化を冊子として刊行したり、街の人たちにインタビューしたりしながら、やはり気仙沼の人たちとの〝つながり〟を大切にされています。

猿渡ゼミでは、2011年5月から
気仙沼の〝今〟をずっと記録し続けています

「ゼミでは映像表現と写真の研究を行っています。学生数は少ないゼミですが(笑)、今後10年、20年、この街に関わって、新しいまちづくりを見届けていきたい」(猿渡先生)

「写真は記録でもあり、記憶でもあります。撮影したときのお互いの気持ちを残す。変わっていく様子を残していきたい」(小原哲朗さん/4年生)

「街の人たちにインタビューするという方法を選んだのは、街の人たちと直接関わりたかったから。向かい合って話ができるから」(菊池花梨さん/4年生)

前列左から小原哲朗さん、猿渡先生、菊池花梨さん
そして新人(2年生)の小野寺雅人さん

重機で造られていく「街区」と、人びとが創っていく「まち」は違います。
そして、現地の人たちが集うだけではなく、多くの人たちが行き交う場所にならなければ、「まち」は育っていきません。

人が行き交い、出会いが生まれるなかで、「まち」は成長していきます。
まちはもともと、不特定多数の人びとが集う場所です。
そこで生まれる交流がどんどん積み重なっていくことで、まちには新しい文化がつくられていきます。

おもてなしの文化、土地ならではの料理、地域の産業を活かした山村留学やグリーン&ブルーツーリズム、お祭り、イベント、アート、そして歩くだけでも楽しい商店街・・・。

「来てけさいね~!」


まちを気に入って、移住したり、あるいはお嫁さんに来てくれたり・・・なんてこともあるかも。

宮城の「まちづくり」はこれからが本番です。
どうぞ「お茶ッコ飲み」に来てください。

そして、一緒に泣いたり笑ったりするパートナーになってください。

(取材日 平成26年8月2日)