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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2014年12月12日金曜日

2014年12月12日金曜日8:47
ザーリャです。
東日本大震災による津波は、沿岸地域の自然環境をも一変させました。

仙台市東部を流れる七北田川。その河口部に広がる蒲生干潟も、震災により地形が大きく変わりました。


仙台市宮城野区蒲生にある蒲生干潟は、国内でも有数の野鳥の飛来地でした。

しかし、東日本大震災による高さ10メートルの津波により、干潟と外洋を隔てていた砂浜が消滅。干潟は、直接外洋に面する「海」へと姿を変えました。

「もはやその再生は難しいのでは」。当時はそう伝えられた蒲生干潟。
しかし、その干潟は今、自然の力によって着実に以前の姿を取り戻しつつあります。

蒲生干潟の現在の姿を知るため、9月21日に開催された自然観察会に同行させていただきました。その様子をご紹介いたします。


今回私が同行したのは「SAVE JAPANプロジェクト」による「自然再生を考えるバスツアー」

「SAVE JAPANプロジェクト」とは、47都道府県のNPOと地域、そして損保ジャパン日本興亜が、「いきものがすみやすい環境づくり」を目指して全国で取り組む、市民参加型の体験プロジェクトです。


協賛する損害保険ジャパン日本興亜株式会社熱田敏雄さん

「インターネットの普及により宣伝物や契約書類などに費やす紙資源が削減され、その分の金額を環境保全活動に寄付することで、イベントの協賛を行っています。昨年も蒲生干潟に来ましたが、その時に比べてもまた景色が変わっていますね。きれいになった印象を受けます」


宮城県のプロジェクトを取りまとめる、認定NPO法人杜の伝言版ゆるる大久保朝江さん
「宮城県内のNPO支援を目的として、17年前から『杜の伝言版ゆるる』を発行し、ボランティアへの参加を呼び掛けています。今回の企画は『蒲生を守る会』と共同で企画したもので、今年で2年目。楽しんでいただければ」

ツアーには37名の方々が参加しました


今回のイベントの実施団体であり、案内役でもある「蒲生を守る会」熊谷佳二さん

「私たちが震災2カ月後から調査に入ると、その時にはすでに砂浜の復活が始まっていました。干潟は生命の宝庫。最近では水質浄化作用の他にも、稚魚たちが育つ『天然の養魚場』であることが分かってきました。私たちは、これら『生態系サービス』の恩恵を、それとは知らないで受けてきました。今後は、これらを踏まえた土地利用を考える必要があります」

見た目には人の背丈よりも低い、日和山の山頂。
蒲生海岸にある日本一低い山、「日和山」(ひよりやま)。
100年ほど前の明治時代の末に、蒲生集落の人々によって築かれた「築山」です。
震災前には標高6.05メートルだった日和山は、地震による地盤沈下と津波による削平により、一時は「消失した」と報道されました。

しかし今年(平成26年)4月、国土地理院により標高3mの山として認定され、18年ぶりに再び「日本一低い山」となりました。

地盤との標高差はほとんどありませんが、ここが「山頂」であることを示す、ケルンが築かれています。


当日の天気は快晴。牡鹿半島の金華山から蔵王までが望めるほど空気が澄んでいました。
「これほど良い条件の日は、1年にも数えるほどしかありませんよ」と熊谷さん。


七北田川を挟んだ南岸に見える、仙台市南蒲生浄化センター。仙台市の汚水の約7割を処理する下水処理場ですが、現在もクレーンが林立し、復旧工事が進められています。


開会式の途上、航空自衛隊松島基地のブルーインパルスが上空を横切って飛行しました。


沖合には、仙台港に入港するタンカーが停泊。どこまでも穏やかな海。


珍しい野鳥が現れると、蒲生を守る会の皆さんが、すぐさま望遠鏡で捉えます。


この日も、多くの野鳥が干潟で羽を休めていました。震災前と同じように、シギ・チドリ類やガン・カモ類も飛来するまでになっています。

この日は、「カイツブリ」や「オオバン」といったの水鳥の他にも、「ノスリ」や「ミサゴ」などの猛禽類が観察できました。


震災前に作られていた防潮堤には、青い防護ネットが掛けられていました。繁殖のために内陸と海岸を移動する「アカテガニ」や「クロベンケイガニ」の「手掛かり」として設置されたものです。


干潟を取り巻くヨシ原は、すべて震災後に再生したもの。

「一度まったく無くなったところに、まず1株が成長し、その株が次々と広がっていったものです。震災から3年を経て、ここまで再生しました」


写真奥で海と干潟を隔てるのが、再生した砂浜です。

奥に見える砂浜は、震災によって一度は流失しましたが、自然の力だけで再び形成されました。砂浜が再生したことで、その内側に再び干潟が生まれました。

防潮堤の左が海側、右が陸側です
写真に向かって左手が干潟、防潮堤を挟んだ右側が旧養魚場の淡水池です。地下を通じて海側に淡水が供給されるため、干潟の塩分濃度が減少し、多様な生態系が生まれると考えられています。


津波で漂着したコンテナも、そのままの状態で残っていました。撮影できませんでしたが、そのすぐ手前に「青い宝石」と呼ばれる「カワセミ」が羽を休めていました。

旧養魚場の淡水は、地下を通じて干潟に淡水を供給しています

防潮堤の内陸側にある旧養魚場。かつては鯉などを養殖していました。現在は、「ボラ」の稚魚の大群が泳いでいました。

芝生のに見えるのがハママツナの群落です
これまで見ていたものとは違う、芝生のような植物が岸辺を覆っています。

「この一面に生えている植物は、秋には紅葉するのです。名前は、『ハママツナ』。国と県の両方で準絶滅危惧種になっている大変珍しい植物です。蒲生では増えています。海から種が流れ着いて、塩性湿地で育ちます。葉っぱを摘んで食べてみると、少し塩辛いんです。葉に塩分を蓄えているんですね」


津波によって破壊された防潮堤を下り、ヨシ原の中を海岸めざして進んでいきます。



海岸に近い、比較的乾いた草原地帯に出ました。足元をよくよく見ると、たくさんの小さな「砂団子」が地表を覆っています。


この砂団子を一生懸命につくった生きものが・・・


全長2センチほどの「コメツキガニ」です。残念ながらすぐに巣穴に駆け込んでしまい、有名な「求愛ダンス」を見ることはできませんでした。


干潟の水辺を離れ、内陸側に戻ります。津波で枯死したクロマツの林がありました。熊谷さんの話では、2週間ほど前に、この近くに「サンコウチョウ」がいたとのこと!

「サンコウチョウ」の大ファンである私も、その話を聞いて必死に目を凝らしました。・・・が、やはり見ることはできませんでした。また探しに来てみよう!

あらためて、蒲生干潟に飛来する野鳥の豊富さに驚きました。


砂浜には「ハマニガナ」の花が咲いていました。

「茎から出る白い乳液が、ものすごく苦いんですよ。『ハマニガナ』を噛んで水を飲むと、すごく甘く感じるんです」



干潟への入り口には、立ち入りに注意を呼び掛ける、新しい看板が立てられていました。干潟の環境は回復しつつありますが、人が足を踏み入れるには、まだ十分な配慮が必要です。

第1部の七北田川の左岸、蒲生干潟の観察ツアーはこれで終了。

第2部では、バスで七北田川の右岸(岡田新浜地区)へ移動し、平吹喜彦さん(東北学院大学教授)の案内で、クロマツの海岸林の森に足を踏み入れました。

そこでは、予想もしなかった不思議で美しい光景が、私たちを待っていました。

【後編】へ続く



(取材日 平成26年9月21日)