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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2014年10月5日日曜日

2014年10月5日日曜日11:11
石野葉穂香です。

9月13日からの3連休、宮城県はおおむね晴天に恵まれて、各地でさまざまな催事が行われました。
家族でお出掛けしたり、職場や仲間で芋煮会などを開いた方も多かったのではないでしょうか?

また、この連休中、沿岸の被災地には多くのボランティアの方々が訪れてくださいました。
東日本大震災から3年半が過ぎても、継続した支援・応援を続けてくださる方がたくさんいらっしゃいます。
心強く、頼もしく、温かなお力添え・・・を継続してくださるのは、本当にうれしく思います。

9月14日、南三陸町の農地の草刈りをしてくださったチームにお会いしました。
チーム名は「Volunteer Opportunity Society」。
頭文字をとって、略称は〝VOS〟『ボーズ』といいます。

9月14日、気温は25度を超えていましたが、
ボーズのメンバーは朝から草刈りに大活躍。
写真は佐々木さんの背中です
今回で、震災以来、なんと28回目の南三陸入り。
3年半の間、さまざまな被災地のニーズに合わせて、力を振るい続けてくださっています。

平成の森での草刈り作業。
刈った草は丁寧に撤去し、キレイな農園をキープします
「ボランティアを経験することで、参加者の人生が少しでも豊かになってほしい」――。
『ボーズ』は2010年4月、代表である佐々木元康さんが、カンボジア支援をしていた「JHP」というボランティア団体での活動を通じて知り合った友人たちとともに立ち上げました。
ところが具体的な活動がないまま休眠状態に――。

半年後の秋、佐々木さんは「ボーズを復活させるには、自分自身の経験値アップと視野の拡大が必要」と考え、身近な国内に目を向けます。
「当時、最も興味があったのが〝限界集落〟でした。『脱・限界集落』を目指して頑張っている地域・・・新潟県の池谷集落を知って、そこでボランティアをさせていただくようになりました」

そして2011年3月11日、東日本大震災が発生――。
佐々木さんはJHPのスタッフに誘われ、初めて東北入りしました。
場所はJHPがボランティアセンターの設立に尽力した南三陸町でした。

3月末、佐々木さんは、勤務先である大正製薬の社員とJHPの友人に呼び掛け、「ボーズ」としての第1回目のツアーを実施しました。
このときは「ボーズ」とは名乗っていませんでしたが、これが活動のスタートでした。
佐々木さんに誘われ、その後、すべてのツアーに参加されている神夏磯(かみがそ)俊介さんも、この時が初めての南三陸入りとなりました。

活動は継続され、やがて団体名が必要であることになったとき、佐々木さんはこの活動とチームに「ボーズ」と名付けたのでした。

ボーズの皆さんが初めて南三陸にやって来たのは2011年4月。
震災から1カ月ほどしか経っていなかった南三陸町は、
啓開されたばかりの道を、かろうじて車が走れるようになった頃でした。

同じく2011年4月の写真。
おそろいのTシャツは別のボランティア団体から借りたものだそうです
震災から約1カ月目に訪ねた南三陸町。町の景色は、佐々木さんたちはの目にどんな風に映ったのでしょうか。
「まだたくさんのガレキに埋もれていました。電信柱も倒れ、急いで片付けられた道がかろうじて通じているような状態で、なんだか映画の中にいるようでした。『ニュースは本当だったんだ』って・・・」。

『ボーズ』のメンバーは、ガレキを片付け、スコップをふるって側溝の泥をかき出し、支援物資を仕分けし、夏が近づくと草を刈ったり・・・と、さまざまな活動を行いました。

「避難所の仮設トイレをお借りしたとき、汚れているのを見て、『ああ、避難している人たちは、ホントにしんどい生活を強いられているんだな』と感じましたね」

代表の佐々木さん。2011年4月。南三陸町のボランティアセンター前にて。
遠くから来ていただいても、晴れた日ばかりとは限りません・・・。
当初はボランティアセンターを通じて、さまざまな被災地ニーズに対応していましたが、
「現地の方々と直接ふれあいたいって思うようになりました。ボラセン経由では、皆さんのお話を直に伺えるような機会は少ないんです。それを残念に思ったり、寂しいと感じているボランティアさんって、案外多かったんじゃないかなって思います」

2011年7月の泥出し作業。作業中の様子を初めて撮影した写真。
このころは「町の人びとを撮影することは不謹慎だと考えていた」そうで、
周囲に町の方がいないことを確認してとった写真とのこと。

昨夏のこと。佐々木さんたちはボラセン経由でボランティア活動を行いましたが、その日の天気予報は〝大雨〟--
『ボーズ』のメンバーはテント泊の予定だったのですが、見かねてメンバーに声を掛けたのが、当時、愛知県豊川市から派遣職員として南三陸町役場に赴任していた篠原英明さんでした。

メンバーは篠原さんが当時借りていたアパートへ泊まり、篠原さんから、さらに町の人たちを紹介されるなどして、南三陸町での〝つながり〟を広げていくことになりました。

2011年8月の草刈りボランティア。
このときは3日間でかなり広大な面積を刈ってくださいました。
出会った他のボランティアさんたちとも、熱い絆が生まれました

そして、そのときの写真を使って、JHP学校をつくる会のイベントでも講演。
(左から二人目が佐々木さん)
取材させていただいた9月14日は、南三陸町歌津にある「平成の森仮設住宅」の近くにある畑の草刈りでした。この活動をつないでくれたのも篠原さん。
この日はまた、今春、愛知県に帰られた篠原さんも、約半年ぶりに南三陸へ〝帰って〟来てくださいました。

畑は、南三陸町役場生涯学習課長である及川庄弥さんの奥様の実家の畑。
「休耕中で草ぼうぼうだったから、仮設住宅の人たちに、野菜づくりしながら交流の場としていただけたらと、提供しました。高齢の方が多くて草刈りはたいへん。こういうふうに力を貸していただけるのはありがたいです」(及川さん)

佐々木さんもまた、
「町の人たちとの繋がりができて、それがどんどん繋がっていけるのがうれしいです。知らない同士がここで出会って、一緒に汗をかけるのがいい」

そして、今年、2014年7月。伊里前の「マルタ拓洋水産」さんを訪問。
「志津川湾夏まつり福興市」 http://kokoropress.blogspot.jp/2014/08/blog-post_30.html には出店もされました。
メンバーは固定ではありません。
これまでに延べ100人以上の方が『ボーズ』のメンバーとして南三陸入りされました。
「マルタ拓洋水産」さんの記事は・・・
 http://kokoropress.blogspot.jp/2014/05/blog-post_5197.html

28回目の南三陸入り。
震災から3年半が過ぎて、佐々木さんは、町の変化も感じていらっしゃいました。

「復旧から復興に動き始めたんだなって感じたのは、実は今年の7月です。外を歩いている人が増えて、町全体が活気づいてきたなぁって思いました。たくさんの重機が動いていて、町のカタチも変わりつつある。ガレキを片付けていた頃から思えば、ああ、僕らもこの町で活動を続けてきてよかったと思います。続けてきたことがムダじゃなかった。そう思えます」

南三陸町の魅力もお話しくださいました。
「南三陸町は海がキレイで、食べ物もおいしい。また、気持ちのいい人が多いですね。この町や、ここに暮らしている人たちと関われることが楽しいし、逆に元気をもらって帰れるんです」

28回目の南三陸町入りとなった2014年9月14日(取材日)、「平成の森」での草刈り。
後列左より、隊長こと兒島さん、勝野さん、及川課長さん、松本朋恵さん、
前列左より、伏木さん、神夏磯俊介さん、佐々木元康さん、江原さん、篠原英明さん
 
そして、『ボーズ』の活動は、まだまだ〝継続中〟です。

「高校生も僕らの活動に参加してくれています。年齢や性別は問いません。みんなに南三陸をもっと知ってもらいたい。もちろん僕ももっと知りたい。
そして、ボーズの活動に参加した皆がこの町のファンになって、一人ひとりが「ボーズ」のようにたくさん友達を誘って南三陸を訪れてほしいと願っています」

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震災は、会いたい人にもう会えない・・・という悲しみを生みました。
でも、その悲しさを和らげてくれる新しい出会いもまた、間違いなく生まれています。

被災地の人たちにとっては、いつまでもなかなか慣れることのできない〝復興という変化〟・・・。
でも、〝たくさんの人とつながっているんだ〟という実感を、こうして届けていただけることは、肩を抱いてくれるようなやさしさ。

いつも笑顔で町にやってきて、明るくって、元気で、パワフルで、町の人たちの気持ちに寄り添ってくれる・・・。

そんな〝人懐っこさ〟こそが、彼ら『ボーズ』の〝継続パワーの源〟なのかな・・・と感じました.

(取材日 平成26年9月14日)