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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2014年10月9日木曜日

2014年10月9日木曜日10:02
こんにちは、にゃんこです。

宮城県の南部、山元町で“山元案内人”として震災の記憶を後世に語り継ぐため、また山元町の魅力をたくさんの人に伝えるため「やまもと語りべの会」を発足し、被災地ガイドなどを行っている会長の渡邉修次さん


2014年8月下旬、被災地体験学習のため山元町を訪れた群馬県館林市立第一中学校の生徒さんたちと一緒に、被災地ガイドに参加させていただいた時の様子を、これまで2回にわたりお送りしました。

前編、中編はこちら。

2014年10月3日 金曜日
山元町の未来のために~「やまもと語りべの会」[前編](山元町)
http://kokoropress.blogspot.jp/2014/10/blog-post_3.html

2014年10月6日 月曜日
悲しんでばかりではいられない~「やまもと語りべの会」[中編](山元町)
http://kokoropress.blogspot.jp/2014/10/blog-post_6.html








被災地ガイドを終えて、渡邉会長にお話を伺いました。

参加者に伝えたい想いは?

「やはり一番は同じような被災をしてほしくない。そのために風化させないこと。今、全国でいろんな災害が起きていますが、その災害に合わせて自分の命は自分で守ることを徹底していくことだと思います。小・中・高校、一般、行政など対象に合わせたマニュアルを作って被災地ガイドの中に入れ込んでいます」

これからの夢は?

「個人的には、孫と一緒に住めるようになったので、孫と死ぬまで楽しく過ごすことかな。これが私の力になっています。

また、弱者を一人でも少なくしていくことです。自立をできていないことが弱者だとすればそれを少しでも減らしていきたいと思っています」


「感謝」 今までの支援でこれまでになりました
やまもと語りべの会 渡邉修次


「お互い自分の命は自分で守る。次に周りの人をどう助けられるか考える」
被災地ガイドの中で渡邉会長が何度も繰り返した言葉です。

岩手県三陸地方に古くから伝わる言葉に「津波てんでんこ」という言葉があります。
「てんでばらばらに」という意味で、「人のことはかまわず、各自ばらばらに一刻も早く高台に逃げて自分の命を守れ」ということなんだそうです。

この教訓に基づき日頃から避難訓練を続けていた岩手県釜石市内の小中学校。
東日本大震災の際には、99.8%の生存率となり「釜石の奇跡」と言われました。

肉親さえもかまわず―。
初めて耳にしたときは、正直少し残酷な印象を受けました。
私にはそんなことができるのだろうか。

でも、家族全員で「てんでんこ」を共有し合うことで、「きっとみんなもちゃんと逃げているはず」という安心感や信頼感が生まれるのではないか。
きっとそれは自分にとってとても大きな力になる。そう思いました。


私が被災地ガイドで同行させていただいた、群馬県館林市立第一中学校

「被災地の復興は現在の日本の大きな課題。そのような状況の中で、次代を担う子どもたちが将来の日本のために東日本大震災とその被災地から学ぶべきことはたくさんある」と髙柳悦夫校長。

昨年(2013年)から希望者を対象に、亘理、山元町を訪れ被災地体験学習を実施しています。
今回は被災地ガイドほか、NPO法人「亘理いちごっこ」によるワークショップ、トマト農家の収穫のお手伝いなども体験したそうです。

実際に被災地を訪れて生徒たちは何を感じ、どんな印象を受けたのか。
渡邉会長の元に届いたお手紙の中からいくつかご紹介したいと思います。

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「山元町を訪れる前は、津波の痕跡はほとんどなくなり、普通の町へと復興しているかと思っていました。そして津波の跡や建物は今はもうなくなっていると思っていました。中浜小学校を訪れた時、テレビや新聞で見ていたものとは違って迫力があり、これが本当の津波の恐ろしさなんだと思いました」

「大きな津波が来て多くの死者が出た、家が壊された、流されたなど簡潔なことしか知りませんでした。群馬県は海のない県なので、水の怖さも全然知りませんでした。でも中浜小学校のことを聞いた時、もし自分が同じ立場になっていたらと思うととても怖かったです。そして、一番に人の心の温かさや強さ、人の知恵の素晴らしさに感動しました。また、家族の大切さにも気づくことができました」


「津波に関わらず、災害があった時は『自分の命は自分で守る』ということをあらためて感じることができた」


「中浜小学校を震災遺構として残してほしい。あの学校を見て渡邉会長のお話を聞いて、衝撃を受け、今まで以上に震災を深く考えてくれる人が増えると思うからです」


「中浜小学校の話を聞いて、今でも当たり前のように生活している、安心できる家がある、大事な家族や仲間がいるということはとても幸せなことなんだとあらためて感じました」





こちらは生徒と一緒に参加しておられた保護者の方の感想です。

「この地に来るまで知らなかった事の多さに気づき気づかされた一日でした。山元町や亘理町の存在、そして震災遺構という言葉。残すことにより後世に伝えるという意味もあるが、とどめておきたくないという考えもある…。中浜小学校を見学して津波の威力、天災の計り知れない恐ろしさに人にはあらがえないものがあるということをあらためて感じました。『今、自分の与えられた場をどう生きるか、どう動くか』を今日は学べた気がします」


被災地体験学習を通して子どもたちが感じたことや学んだことを、髙柳校長にもお話を伺いました。

「東日本大震災を契機として、自然災害に対する備えや震災が発生した時にどう行動するかなど、防災教育の重要性があらためて認識されるようになりました。災害発生時にどのように行動して命を守り、どのようにお互い助け合うかは、子どもたちが身に付けなければならない大切な事柄だと思います。

生徒たちの感想からは、防災に対する意識が喚起され、津波により被災した人々に対する共感的な理解が生まれていることが分かりました。また亘理町における体験では、生徒たちは『被災地を支援したい』『現状を周りの人に伝えたい』など支援の大切さ、助け合うことの大切さ、経験を伝えることの大切さを学んでいたようです。


震災のことを教育に取り入れ、防災、自然についての学習、道徳の教材、さらには地域社会の課題についての学習などとして活かしていくことは、将来の日本を担う子どもたちの教育にとって必要なことだと思います。そうすることが、同時に被災地の復興に向けての歩みを加速することにつながると考えます。また、そのことは教育者としての私たちの使命であると思います」


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館林市立第一中学校の生徒の言葉にもあった
「実際に足を運んでみなければ分からない」

私も震災後初めて山元町を訪れた一人です。
この言葉に尽きると思います。

地元の方々の本当の声を、その土地の声を、もっとたくさんの方に聞いていただきたいと思います。
ぜひ山元町を訪れてください。


JR常磐線旧山下駅の隣に、震災前の山元町の様子、そして震災後の様子を伝える写真館
「みんなの写真館BRIDGE」があります。

開館時間は7時~18時頃。入場無料です。詳細は、みんなの写真館向かいの「橋本商店」まで

地元の方々が撮影した震災前の風景や、震災後の復興状況などの写真が展示されています。
山元町について、そして震災について知ってもらうための貴重な資料です。
ぜひこちらにも足を運んでみてください。




(取材日 平成26年8月21日)