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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2014年9月20日土曜日

2014年9月20日土曜日22:27
少しずつできあがってゆく間取り図。下書きの完成までに2時間をかけました

ザーリャです。

「玄関から入ったここのところさ、床がガラスになっていてね、下に水が張ってあって、鯉だの鮒だの、覗き込むと、魚が泳いでるのが見えるようになってだの」

津波により集落そのものが失われた、仙台市若林区荒浜。
佐藤よう子さんの自宅も、その一角にありました。佐藤さんが話す自宅の様子に、3人の女性が耳を傾けています。いずれも一級建築士です。
1人が佐藤さんの話を聞きながら、方眼紙に家の「間取り図」を描いています。残る2人が、佐藤さんの話をメモしながら、描かれてゆく図面をチェックしていました。

「床下に池があったのですか? 初めてですね、こういうお宅は・・・!贅沢な設計ですねぇ・・・!」

建築士の皆さんは驚いて顔を見合わせました。
すぐさま、描きかけの間取り図を覗き込みながら、建築士の1人が質問しました。

「それは、この図で言うと、どの辺ですか? どこから水を入れていたのですか?・・・という事は、広縁の幅は4尺5寸で1365(ミリ)かしら?」


8月30日の日曜日の午前、仙台市宮城野区、東通(荒井小学校用地)仮設住宅の集会所の一室。
ここで、震災によって失われた住まいを「見取り図」で復元しようとする試みが行われていました。

宮城県建築士会女性部会の皆さんによる、「記憶の中の住まい」プロジェクトです。

被災によって住まいを失った方々に聞き取りを行い、それぞれの暮らしを支えてくれた思い出の住まいを、間取り図として再現し、贈呈しています。

第1回目の聞き取りでできあがった、荒浜の貴田喜一さん宅の見取り図

完成した1枚の間取り図を見せていただきました。
そこには、家族の大切な思い出も、あちこちに記されていました。

『猫のミーちゃん、ママをお風呂に誘って、浴槽のふたの上で、寝て待っていた』
『水槽には30年も飼っていた熱帯魚』
『猫のミーちゃんも、いつも寝いていた部屋』
『おばあちゃんが晩年過ごした部屋、3年間介護した』
『屋上まで上がると、松林の向こうに 太平洋が見えた』

「記憶を取り戻すお手伝いをしたい」
そう語る、西条由紀子さん
「次のステップへの足がかりとして、失ったものの記憶を、少しでも取り戻すお手伝いをしたい。その思いから始まりました」

そう語るのは、この宮城県建築士会女性部会で、プロジェクトのとりまとめを担当する、西條由紀子さんです。

きっかけは、震災翌年の平成24年の秋。
西條さんが東京の「女性建築技術者の会」の総勢10人を仙台・松島・石巻に案内したことだったと言います。

「私たちにできること、それは一体どんなことだろうか?と。それを皆で模索している時期でした」
西條さんは当時の建築士の皆さんの心情を、そう振り返ります。

西條さんの案内で被災地を訪れた「女性建築技術者の会」は、震災以前の平成18年に、1冊の本を出版していました。
『アルバムの家』(三省堂)です。

『アルバムの家』
女性建築技術者の会(三省堂)/2006年

建築士である自分たちが、幼いころ暮らした思い出の住まい。それを振り返った記録でした。間取り図や、家の思い出がまとめられています。

「『アルバムの家』のように、被災した皆さんから聞き取りを行って、建築士である私たちが間取り図を描く。それに、暮らしのエピソードも書き込んで、皆さんに差し上げたらどうだろう?」

提案は、その翌年に形になりました。
平成25年10月、東京と宮城の女性建築士グループが、被害が甚大だった東松島市の仮設住宅を訪れました。自治会と打ち合わせをし、「間取り図作成」のチラシを配布して告知を行ったところ、2人の希望者から、聞き取りを実施することができました。

プロジェクトを紹介する広報用のチラシ

「東京から2名、宮城からは私と地元の建築士さんの2名で、それぞれ2組に分かれて行いました。終始、茶飲み話のような和やかな雰囲気でお話をお伺いすることができました」
最初の聞き取りの様子を、西條さんはそう話しました。

できあがった初めての間取り図。
受け取った方々は懐かしそうに、その図に見入っていたと言います。西條さんが、「この取り組みを、女性部会のプロジェクトとして進めたい」と思った光景でした。

見取り図を贈呈された貴田さん(右)と、
今回の聞き取りをおこなった佐藤よう子さん(左)


平成26年度の宮城県建築士会の役員会。そこで「記憶の中の住まい」プロジェクトが、女性部会の正式な活動として承認されました。

正式決定後の7月。その第1回となる聞き取りが、仙台市の若林区荒浜で行われました。聞き取りには、宮城県建築士女性部会(仙台市)の他、女性技術者の会(東京都)、東北工業大学・新井信幸研究室(仙台市)、NPO法人まちの縁側育み隊(愛知県)、アーティストのタカノ綾さんの協力もあり、総勢14名で聞き取りを行うことができました。

「被災した方々の記憶には、『消してしまいたいもの』と『いつまでも大切に残したいもの』、その2つがあると思います」
聞き取りを重ねてきた西條さんは、被災した皆さんの胸の内をそう感じています。

「間取り図を復元するということは、被災した方にとっては、震災が無ければ続いていた本来の暮らし、その記憶を『取り戻す』ということだと思います」

少しずつ出来上がってゆく見取り図

聞き取りが進むにつれて、皆さんの表情が、少しずつ和らいでいきます。それは、記憶の中の住まいに、今、皆さんが立ち戻っているからなのでしょう。建築士の手で、少しずつ形を与えられてゆく懐かしい我が家。在りし日の思い出がよみがえり、図に描き加えられて行きます。

この縁側に座って、皆で花火を見た。
かわいがっていた犬が、いつも庭で私を待っていた。
庭の木々が浜風に揺れる音が聞こえた。

記憶の中の住まい。私たちは、いつまでも、そこに住み続けるのかもしれません。

「間取りはうろ覚えでも大丈夫です。私たちが一緒にお手伝いします」
西條さんは言います。

「住まいの形は、戸建て、アパートなど、どんなものでも大丈夫です。『やってみたい』と思った方は、ぜひご連絡をください。こうして復元した間取り図は、集団移転による移転先の住まいの設計にも役立ちます。今後も地域を限定しないで、皆さんと相談しながら、取り組んでいきたいと思っています」

津波でも流されない、私たちの「記憶の中の住まい」。
建築士の皆さんは、人々の記憶の中の住まいを訪ねるために、今日も被災地へ向かいます。

(お問い合わせ先)
宮城県建築士会 電話番号:022-298-8037 FAX番号:022-298-8038

聞き取りを行った建築士の皆さん。左から、清本多恵子さん、星ひとみさん、西條由紀子さん。

(取材日 平成26年8月30日)