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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2014年7月24日木曜日

2014年7月24日木曜日7:42
kaiiです。

東日本大震災から3年が過ぎました。
この間、被災地の女性たちは子育て、介護、仕事、家族、生活の再建、地域などさまざまな問題にぶつかりながら試行錯誤で今日まで歩みを進めてきました。

「女性の復興カフェin気仙沼」は、平成26年6月28日正午から気仙沼湾を見下ろす高台にある「ホテル望洋」を会場に「多文化と共生社会を育むワークショップ(代表山地久美子さん)」の主催で開催されました。


「多文化と共生社会を育むワークショップ」の6人のメンバーは、それぞれ日本語、タガログ語、中国語、英語、韓国語、ポルトガル語、フランス語を話す多言語話者で、復興まちづくりにも精通したメンバーです。

復興カフェの中では、さまざまな支援事業が縮小される「4年目の壁」を目前に、阪神・淡路大震災を経験した神戸の女性たちが経験した「復興」の話を聞きながら、東日本大震災の被災地気仙沼市の女性たちが今、何を求め、震災からどう立ち上がっていこうとしているのかを話し合いました。

会場には36人の気仙沼の女性と近隣地域の女性が集まりました。
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東日本大震災からの歩みを気仙沼市在住の女性2人が発言しました。
気仙沼で女性の手仕事の支援をしている気仙沼おとひめ会の吉田千春さんは、震災後、女性たちが始めた「手仕事」の販路が縮小していることについて自らの失敗談を含め、事業の困難と展開の必要性をあらためて紹介しました。


震災後の外国人女性について発表する
バヤニハン気仙沼フィリピーノコミュニティー代表の高橋レイシェルさん
(写真提供:山地久美子さん)

外国から嫁いで気仙沼で生活をする女性の代表で話をしたバヤニハン気仙沼フィリピーノコミュニティー代表の高橋レイシェルさんは、震災後、外国人女性たちが介護の仕事をするために「ホームヘルパー2級」資格を取得する復興支援プログラムができたことや新たに就職をしたことなどを話ました。
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阪神・淡路大震災を経験した兵庫県神戸市の女性を代表して、アジア女性自立プロジェクト・WORK MATEのもりきかずみさんが、プログラムが開始された30年前からの仕事づくりと阪神淡路大震災後から現在までの状況を、年表を使いながら詳細に紹介しました。

女性の自立支援について発表する
アジア女性自立プロジェクト・WORK MATEのもりきかずみさん(右)
淡路島で地域づくりに取組む戎カリナさん(左)
(写真提供:山地久美子さん)
外国人女性として淡路島で地域づくりに取組む戎カリナさんは、地域の中での活動と仕事づくりの楽しみ、難しさについて発言しました。
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意見交換「あんな事・こんな事」では、会場に来ていた女性たちが神戸の女性の経験や東日本大震災からの復興に取り組む女性たちに質問やコメントを書いて出し合いました。

震災からの復興に取り組む女性たちに質問やコメントに応える
山地久美子さん(右)マリ・エリザベスさん(左)

自分が困っていることや抱えている問題などを話す時間になりました。
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グループワーク「皆でディスカッション」では女性の目線でのまちづくりを一緒に考えました。

気仙沼の復興の町に何が必要かなどをグループで話合いました
(写真提供:山地久美子さん)

今私たちは何がしたいのか。気仙沼の復興の町に女性のためにどんな場所が必要か。女性が生活するための問題や起業していくための支援について、ワークショップ形式で意見を出し合ってグループ毎に発表し、皆で「これまで」と「今後」を考える機会となりました。


「多文化共生への取組みは時代の流れの中で必然です」と発言する陳來幸さん
(写真提供:山地久美子さん)
陳來幸さんは「阪神・淡路大震災後の多文化共生への取組みは時代の流れの中で必然であり、それは東日本大震災の被災地も同じである」と指摘しました。

阪神・淡路大震災から20年を振り返りながら
東日本大震災被災地のこれからの復興への思いを話す
総合司会のFMわぃわぃ総合プロデューサーの金千秋さん
総合司会のFMわぃわぃ総合プロデューサーの金千秋さんは、阪神・淡路大震災の時、外国から来ている人たちと連絡がなかなかつかなかった経験やFMわぃわぃの立ち上げと運営、その後の20年を振り返りながら、東日本大震災被災地のこれからの復興を思い、涙を流されていました。

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バヤニハン気仙沼コミュニティーの女性たちが東日本大震災やその後の、自分たちの経験や取組を写真で紹介していました。写真の中の女性たちは明るい笑顔で苦境に向き合っていました。
その写真を見て、参加した女性たちの多くが、東日本大震災がフィリピン、中国、韓国などたくさんの外国出身の女性たちにも大きな被害と痛みを与えていたことに気がつきました。

会場風景
(平成26年6月28日撮影)
避難所には水産加工場で働く多くの外国人女性が避難してきていました。その姿の記憶はあります。
しかし、その後、外国人女性たちも不自由な生活をして、3年を生きてきたことに気がつきました。
言葉もなかなかうまく通じない文化や習慣も違う異国で、彼女たちがどんなに不安な時を過ごしたことかと思うと、申しわけない気持ちになりました。

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気仙沼市や南三陸町では復興計画の策定委員会における女性の割合が平成24年4月ではゼロでした(復興庁資料による)。復興計画の中にも女性に関する記述がありません。
宮城県内の被災自治体の中では、東松島市、仙台市、山元町などが男女共同参画の視点を取り入れた復興計画を立て、住みやすい地域づくりへの歩みを進めています。

地域で活躍する女性が働きやすく、ワーク・ライフ・バランスを実現しやすい環境整備を実現するためにも、男女共同参画の視点を取り入れた復興計画の策定が必要だと感じます。

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東日本大震災後、地域環境が変わってしまい「話せる人がいない。さびしい」と訴える人も少なくありません。今回のワークショップを通じて、女性たちが気兼ねなく集まれる場所と交流できる環境を求めていることを感じました。

*「女性の復興カフェin気仙沼」は兵庫県(復興支援課)「復興サポート事業」の支援を受けて開催されました。

(取材日 平成26年6月28日)