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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2014年6月6日金曜日

2014年6月6日金曜日23:30
石野葉穂香です。

5月24日、気仙沼市と南三陸町の境界にある田束山(たつがねさん)へ行ってきました。


山頂駐車場から南の方、志津川湾方面を見晴らしてみました


標高512mは南三陸町の最高峰。志津川湾や伊里前湾、泊崎を眼下に、そして金華山や気仙沼大島まで、南リアスの海岸を見晴らすことができます。

また、ここは、気仙沼市の徳仙丈山と並ぶツツジの名所。
例年、5月中旬から6月上旬にかけての時期には、約5万本ものヤマツツジが満開となって、緋色の花塊が薫風に揺れながら、明るい海空の光の世界にあでやかな花色をほとばしらせます。


奥州藤原氏も信仰を寄せたという霊山でもあります。
山頂付近には11基の経塚など、800年前の遺構も残されています


実は、ツツジの見頃はもう終盤・・・。もっと早くお知らせできればよかったのですが、でも、田束山はご覧のような佳景の地。
歌津伊里前や本吉小泉から車で上っていくこともできますので、南三陸や気仙沼方面へお出かけの祭には、ぜひ一度、お立ち寄りください。


歌津・田浦方面の見晴らし。
湾に浮かんだ小さな島は「松島」です


さて、5月24日は、あの「チリ地震津波」が三陸海岸を襲った日でもあります。

今から54年前の1960(昭和35)年5月22日午後3時11分(日本時間23日午前4時11分)、南米のチリ共和国の沖合でモーメントマグニチュード(Mw)9.5という信じがたい大地震が発生しました。有史以来、地球上で起きた最大の地震だったとも言われています。

本震発生から15分後、波高約18mの津波がチリ沿岸を襲い、さらに約15時間後にはハワイ諸島に及び、そして24日午前4時37分、志津川(現・南三陸町)に到達しました。

日本とチリは、約1万7500㎞離れています。津波はこの距離を平均時速約700㎞を超える猛スピードで、約22時間かけて渡ってきました。
早朝4時10分過ぎ、志津川の住民から「津波が来るかも知れない」との第一報が警察に入りました。
さらに4時17分、漁業組合長から「海の水がほとんどなくなった」と報され、署長は4時18分、サイレンを鳴らして津波警報を発しました。
津波が堤防を乗り越えたのは4時37分で、4時42分には最高潮位5.5mに達しました。
住民の多くは高台へ避難していたましたが、41名の方が亡くなっています。


小泉海岸方面を望んで立つ灑水(しゃすい)観音様


地震は、天候や季節の影響を受けるものではありませんが、過去、5月から7月にかけての時期には、なぜか大きな地震が発生しています。

36年前の1978(昭和53)年6月12日には、25~40年周期で発生するとされる「宮城県沖地震(M7.4)」がありました。

1983(昭和58)年5月26日には、秋田県で遠足中の小学生13人のほか、北海道や青森県などで100名の方が建物倒壊や津波で亡くなった「日本海中部地震(M7.7)」が発生。

2003年(平成15)年7月26日には、震度5弱以上最大6強の地震が1日に4回も発生した「宮城北部地震(M5.1~6.4)」がありました。

そして、記憶も新しい「岩手宮城内陸地震」は、6年前の2008(平成20)年の6月15日の出来事でした。

これらの地震をすべて体験され、記憶されている方も多いはず。

田束山の山頂にいるとき、南三陸町の防災無線から、
「チリ地震津波から54年です/正午のサイレンに合わせて黙祷をお願いいたします」という旨の放送が流れてきました。


午後0時。志津川「さんさん商店街」


「東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)」による津波は、波高も被害の規模もチリ地震津波を大きく上回り、その記憶を少し遠いものにしてしまいました。

しかし、チリ地震津波をはじめ、これらの地震被害の教訓もまた風化させてはいけません。

旧志津川町が、町の防災計画を練り上げる契機となったのも、海岸線に築いた防潮堤の高さを5.5mと定めたゆえんも、ハザードマップ作成の基礎的なデータになったのも、5月24日を「町の防災の日」と定めたのも、このチリ地震津波以降なのです。

町の人たちは“自分の命は自分で守る”――という意識を高めてきていました。
でも「やっぱりどこかで風化というか、忘れていた」とも言います。

いつかまた、宮城県は再び、強震や津波に襲われることがあるかもしれません。




津波があったこと。津波が引き起こした出来事が教訓だというのなら、
それを忘れてしまったこと、風化させてしまったことも「教訓」です。

もう一度、振り返る。検証する。

家族や近しい人をなくしてしまうような、悲しい出来事に、もう誰も遭わないために。

(取材日 平成26年5月24日)