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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2014年6月5日木曜日

2014年6月5日木曜日17:00
こんにちはエムです。

かつて仙台湾沿岸には、北は七ヶ浜から南は山元町にかけて総面積1,400ha(ヘクタール)を超える海岸林がありました。
その海岸林は人の手で植えられ、長い年月の間、地元の人々により守られてきたものでした。

始まりは今からさかのぼること約410年前の西暦1600年頃。
仙台藩初代藩主伊達政宗公の命により、仙台湾沿岸に防潮のためのクロマツからなる海岸林の植林が始まりました。
政宗公は海岸林、すなわち防潮林を整備することで、当時海岸線に広がる広大な湿地を農地にすることが可能になると考えたのです。
以来、海からの砂や潮の混じった強風から守られた内陸側には、仙台藩の時代から田園を中心とした豊かな農地が広がっていました。

東日本大震災の津波はその海岸林や農地を容赦なく一気に飲み込み、流失させてしまいました。

防潮堤から植栽地方向。遠くにかろうじて残った屋敷林がまばらに見えます。
かつては海岸林が黒々と里山を作り、その先に豊かな農地があった場所です

特に被害が大きかった仙台湾南部に位置する名取市下増田周辺は、震災前まではチンゲンサイやコマツナ、メロンなどの栽培が盛んでした。実に75haの農地で300人が農業をしていました。
特にチンゲンサイは宮城県一の出荷があり、市場の8割を生産するほどの規模を誇っていた地域です。

ほんの少しの高低差のおかげで、海岸林がかろうじて残っている場所もあります

いっぺんに何もかも無くし、回復のきざしも見えない状況下の平成24年2月末のことでした。
「名取市海岸林再生の会」(以下:再生の会)が立ち上がりました。
それは、これからもこの地で農業を続けていく将来の子孫のために、あの「海岸林」を再生させなければならないと、地元農家の方々が100年後を見据え立ち上げた会です。

植えられるのを待つばかりの樹齢2年のマツ苗

「再生の会」の立ち上げには、海岸林再生のための協力に名乗りを上げ、前年(平成23年)から深く関わってきた支援団体の力もありました。

公益財団法人 オイスカ(以下:オイスカ)です。
オイスカは1961年からアジア・太平洋地域を中心に農地開発や農業技術指導などを行っている民間の団体ですが、中でもマングローブの植林などを行ってきた実績や技術を持っていました。さらに「主役は地元」という考え方にこだわりを持って活動しています。

オイスカは震災直後の平成23年3月から林野庁、宮城県、地元名取市民との協議を開始し、航空調査・陸上調査などを重ねていたそうです。

そのような経過を経た平成23年9月、名取市での海岸林再生プロジェクト10カ年計画を発表するに至りました。
それは「国や宮城県、名取市の復興計画の実現のために協力したい」という考えを持ったオイスカの、10年にわたる植林事業、総額10億円に及ぶ大プロジェクトです。その財源は募金や寄付、民間助成金で賄われます。

植樹された松苗。
遥か彼方まで盛り土された植栽地と防風柵が見えます

地元農家の方々が、オイスカの協力の申し出をすぐに受け入れたのには、もともと名取市増田・北釜周辺の地域では、植林をしながら代々防潮林を守ってきた歴史があったからではと思われます。
度重なる戦争や、松の木の盗難などにより海岸林が被害を受けるたびに植林し、400年あまりにわたって守り、維持してきたのです。
現在60代の方が小さな子どもだった昭和20年代~30年代にかけても、10年を費やす大規模な植林が林野庁とともに行われたことがあったそうです。
その記録は “愛林碑” と呼ばれる石碑に刻まれており、石碑は津波に負けずに今も残っています。

ところで、実際海岸林があると無いとではどのくらい違うのかと質問してみました。

「例えば250m幅の防潮林があると、海からの強風に乗って運ばれる砂と空中塩分の97%がそこで落とされるという報告もあるようです。しかし今は市役所のある7km先まで潮の香りがするんです」
オイスカ啓発普及部副部長 吉田俊通さんが教えてくれました。吉田さんは海岸林再生プロジェクト担当として地元で暮らし、名取市の皆さんの大きな力になっている方です。

オイスカの吉田俊通さん

「現在は少しづつチンゲンサイなどの栽培も始まっていますが、苗を植えた時に強風などが吹くと、砂で埋まってダメになってしまったりします。
この辺りには『いぐね』と呼ばれる屋敷林もあったのですがそれも津波で無くなり、地元の人でも防潮林(海岸林)や屋敷林がいかに大事かを再認識しているんです」

そう説明をしてくださったのは、オイスカ広報室室長の林久美子さんです。
林さんは事あるごとに、オイスカ本部のある東京都から名取市に足を運んでいます。吉田さんとともにすっかり地元に溶け込み、信頼されているようでした。

オイスカの林久美子さん

ところで、マツを植えると言っても、種子を手に入れ・蒔き・育て・植える。これにも資格がいると知ってますか?……恥ずかしながら私エムは知りませんでした。
種子は全て県が管理し「宮城県農林種苗農業協同組合」に加盟した組合員でないと買うことはできませんし、このような公共事業においては育てることもできないのだそうです。

地元の方を中心にその資格を取り、各種の手続きを終えた平成24年3月、種子の払い下げを受けることができました。
こうして初めての種子を蒔いた同年3月30日。それは地元では “お祝い” を意味する大事な出来事でした。

「初めての種を蒔いた時みんなでお祝いをしたんですが、震災後はとても歌えなかった、歌う気持ちにもなれなかったという地元に伝わる『祝い歌』を歌ってくださったんです」
オイスカの林さんは当時を振り返りうれしそうに話しました。


抵抗性とは:松枯れを引き起こす天敵、マツノザイセンチュウに対して
抵抗性があるように品種改良された、強いマツの苗です

こうして地元農家の皆さんの立ち上げた「名取海岸林再生の会」と、それを応援するオイスカの「海岸林再生プロジェクト10カ年計画」が動き出しました。

そして、活動4年目を迎えた今年までの内容は後編に続きます。どうぞお楽しみに!

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海岸林再生プロジェクト10カ年計画」は、ご理解とご賛同いただいた皆さまのご支援によって成り立ちます。


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普通 0054080
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東日本大震災復興 海岸林再生プロジェクトーークロマツお助け隊ーー」
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オイスカ
http://www.oisca.org/

(取材日 平成26年5月16日)