header

宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

ヘッダー写真説明文

写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2014年5月7日水曜日

2014年5月7日水曜日20:31
こんにちはエムです。


仙台市青葉区八幡に鎮座する仙台の総鎮守、国宝「大崎八幡宮」
大崎八幡宮では震災直後から被災地を訪ね、数々の支援を展開してきました。
特に、行政の支援が受けられない被災神社の復旧復興支援に力を注いでいます。
その様子はココロプレスでも平成25年12月29日、平成26年2月20日の2回、お伝えしてきました。

2013年12月29日 日曜日
沿岸部神社 復旧復興支援金のお願いー大崎八幡宮ー(仙台市青葉区)

http://kokoropress.blogspot.jp/2013/12/blog-post_29.html

2014年2月22日 木曜日
神社は地域の「絆」〜被災神社復旧復興支援活動~(仙台市)

http://kokoropress.blogspot.jp/2014/02/blog-post_2348.html




今回は支援先の地域視察のため、大崎八幡宮企画による
「東日本大震災復興支援・沿岸部神社再建事業視察研修旅行」に参加してきました。

この日は肌寒く、天気も曇り空。
遠く雄勝町や女川町までの日帰り旅のため、朝6時半に集合です。

旅の安全を祈願する「修祓」
が行われました
大型バスに全員乗り込み出発
「地域の復興には地域の鎮守の再建が必要」という揺るぎない信念の元、これまで大崎八幡宮では宮司の小野目博昭氏を中心に、職員全員が支援活動に携わってきました。

集まったのは、その考えに賛同し支援金を寄付した方々。県内はもとより東京都や遠く徳島県の方もいて、参加者は総勢36名。
そして八幡宮職員6名を乗せたバスは引き締まった朝の空気の中、出発しました。

三陸自動車道から国道45号線へ、国道を離れ北上川に沿って雄勝町方面へ向かって走っていると、海が近づくにつれ風景が一転。(まだ何もないんだな……)という感想しか出てこなくなりました。

長面浦方面へ走る車内から、窓の外の風景をただ見入る参加者
「現在の道路は1mほど盛り土されて高くなっていて車も通りやすいですね。
今は干潮なので大丈夫ですが、大潮の時や大雨が降ったりすると、この道路にも水が溢れてきます。
震災当時は危ない所には鉄板が敷いてあるだけでした。あの時は不安にかられながら車を運転し、あちこち歩きました」

小野目宮司はこの日ガイド役となり当時の様子を丹念に説明してくださいました。

多くの場所で造成工事がされていました。
「家が数十軒あった」「田んぼだった」など、小野目宮司のガイドがなければ
かつてどんな場所だったのか分かりませんが、聞いてもなかなか想像できませんでした

「大川小学校」ここを保存しようとする活動があるそうです

「震災直後は通れる道も無く、山を通って現地に入りました。海に近づくと流れてきた物がたくさん道路にあったりして、何が起きたんだろうと思いました」
小野目宮司と同行した谷津田智之権禰宜(ごんねぎ)は当時を振り返って言いました。

バスは雄勝湾に沿った北側の道路を走り、いよいよ雄勝町へと入りました。
行く手にプレバブのお店が見えます。
雄勝町伊勢畑にある「おがつ店こ屋街」(おがつたなこやがい)です。
ここで小休止の後、バスは先へと急ぎました。

バス待合所「旧雄勝総合支所前」
「おがつ店こ屋街」には何軒かの食堂や
雄勝硯で有名な雄勝石などのお土産屋さんが並んでいます

大型バスではちょっと無理なのでは……と思えるような海沿いの狭い道を走るバスの中、小野目宮司のガイドは時に冗談を交えながら間断なく続きます。そして大浜地区にある「葉山神社」へ到着しました。

大崎八幡宮が支援する神社の1つ「葉山神社」は、新たな社殿を建てるための土地を造成中でした。
海抜約15mにあった社務所は津波で流されたため、それより10m高い場所に新しく社殿(拝殿・本殿・社務所)を建設します。
大崎八幡宮ではその建設材料となる青森ヒバを小野目宮司が直接買い付け、所有する製材所で製材中だそうです。

「葉山神社」階段の奥に造成地が見えます。
右手に少し見える、道路と同じ高さの空き地にかつて「社務所」があり
その中に保存されていた「法印神楽」の資料や道具が全て流されてしまいました
(バスの中から撮影のため窓の反射で見にくい点はご了承ください)

「鐘撞き堂は流され別の場所にポツンとある。
残った鐘だけは鐘楼に乗せた」(小野目宮司談)

バスの中から「葉山神社」を見学した後、この視察旅行のメインイベントとなる「白銀(しろがね)神社 春季例祭」「雄勝法印神楽」(=国指定重要無形民族文化財)を見るため、会場のある雄勝町桑浜地区へ向かいました。

袖浜では銀鮭や帆立貝の養殖業が再開されていました

桑浜の羽板地区に鎮座する「白銀神社」参道入り口には眺めの良い高台がありました。

今は穏やかな海に見とれる参加者の皆さん。遠く金華山が見えます。
「法印神楽」用の太鼓は金華山の「黄金山神社」まで流されたそうです

参道を歩く皆さん。晴れて温かくなった
山道を歩くのには気持ちの良い季節です
この高台から「白銀神社」までは片道15〜20分。気持ちの良い杉林の中の参道をゆっくり歩いて行くと、どこからか波の音が聞こえてきました。
参道はいつしか両側が切り立った崖になり、林の隙間から見ると、眼下に岩場と白波が見えます。
海面から約25m高台にある参道と神社は、その高さのおかげで辛くも津波被害を免れました。

参道に多数の灯籠が置かれていますが
震災で倒れたと思われる灯籠は
そのままになっていました

ようやく見えてきました
霊験あらたかな「白銀神社」
「たとえ石1個といえども持ち帰ってはいけない」

神社の奥に延びた道を歩くこと数分
突き当たりが「白銀崎」です。
突端にかわいい灯台がありました

そして今日は、この「白銀神社 春季例祭」の日。
神輿は白銀神社に保存してあり被害を免れたものの、破損した一部を修復し、震災の翌年には再開が果たされたのだそうです。

震災で地域を離れた住民も久しぶりに集まり、会場は活気に満ちていました。

「神社の復興は地域の復興。神社があることで人は集まり、地域の絆はつながってゆく」そんな小野目宮司の言われた通りのことが、目の前で起こっていました。

羽板地区の「老人憩いの家」前の広場に、威勢の良い掛け声と共に各家々を廻ってきた
神輿が入ってきました。担ぎ手は地元の住民やボランティアの皆さん
「ヨーサイド チョーサイド」という掛け声で神輿を左右に揺らし
ワーッという歓声をあげて右回りに旋回。これを数回繰り返し
最後に台に神輿を乗せて終わりです……が

見ていてもハラハラする迫力満点の渡御は、担ぎ手の体力が試されるような大変なものでした。様子を見て、疲れた担ぎ手が交代する場面もありましたが、いよいよ限界では……と見えてからさらに繰り返すこと数回。何度も回を重ねた末、ようやく神輿が台に納まりました。

そして、納まった神輿の前で神楽が奉納されます。
白銀神社宮司による加持祈祷の後、舞台と氏子、私たち衆人の隅々までが湯に浸した笹の葉で祓い清められました。
笛1人と太鼓2人の奏者による、力強いリズムと笛のなめらかで美しい音色とが導き手となって、神楽の演目である古事記の世界へいざなうかのようです。
満開のサクラの真下に作られた舞台に面を付けた舞い手が登場すると、雰囲気は一気に妖艶かつ華やかになり、私たちは時間を忘れて見入ってしまいました。

昼神楽では最初に舞われる演目「初矢」
演目の1つ「五矢」
「白銀神社 春季例祭」「雄勝法印神楽」については回を改めて詳しく報告させていただきます。
どうぞお楽しみに。

神楽に見とれているうちに時間になり、まだまだ終わらない演目に後ろ髪を引かれながら私たちは再びバスへ乗り込み、女川町目指して出発しました。

女川町堀切山に鎮座する「熊野神社」は津波の被害はありませんでしたが、都市計画に伴う盛り土用の土を堀切山から切り出すため、移転を余儀なくされています。
3年がかりの造成工事の後、新たな社殿を建てる工事が始まります。
大崎八幡宮は熊野神社の解体や仮社殿の設置などに関する支援を行っています。

小野目宮司のガイドで熊野神社の現状を教えていただき、バスは国道398号を走り続けました。

雄勝町から女川町にかけて点在する住宅、海産物や農産物を扱うお店も、ほとんどがプレハブでできた “仮設” でしたが、ホタテ貝やアワビ、ワカメや魚など、新鮮な魚介類や水産加工品などがたくさん並んでいました。

雄勝町中心部にある「みうら海産物店」

震災前は女川港にありましたが現在は万石浦ほとりの内陸に移転しています

視察旅行最後は「マリンパル女川おさかな市場」。震災後、その年の10月に規模を縮小して再開し、現在は6店舗が営業しています。

「マリンパル女川」は女川湾で捕れた新鮮な魚介類や水産加工品などを販売し、毎月1回、「かに祭り」「うに祭り」など、旬の魚介類をメインにしたイベントを開催しています。
ここでしか手に入らない新鮮な海産物がたくさんあり目移りしましたが、皆さん、お土産用にたくさん買い求めていました。

紙垂(しで)の付いたしめ縄を結んだ2本の柱も鳥居です
だんだん空も夕暮れに近づく中、走るバスの窓からは時おり赤い鳥居を見かけました。
「あそこも仮社殿ですね。
今はまだ人の心は被災地の方を向いていますが、東京オリンピックの建設が始まったら、今ここで働いている人もそっちに行く人が増えるだろうし、忘れ去られてしまうのかな……と思っています。
あのような小さな神社はどうなるんだろうと考えますね」

ここにも小さな神社がありました

旧北上川河口付近西岸に位置する日和山公園ではサクラが満開でした。
公園内にある「日和山神社」も新しく立て替えるため、解体しているそうです

今回の視察旅行は、被災地の復興を考えるうえで、とても大事な機会を与えてもらえた貴重な体験でした。
各地域で問題はまだまだ山積してはいますが、住んでる住民の方々は力強く前を向いていました。


「震災から3年が過ぎ、やっと生活の基盤が見えてきました。そしてやっと、地域のコミュニティを考えなくてはいけないという気運が起こっています。
しかし現在、被災した神社のある地域では、人が住んでないような場所もあり、再建しても維持するのは大変です。
ですが、今きちんとした神社を作っていけばまだ間に合います。そうして次世代に引き継いでいくのが大切なことです」

小野目宮司が朝の挨拶で言ったその意味が、心から理解できた視察旅行でした。


今日お伝えしきれなかった話題は、日を改めてお届けします。




☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆

大崎八幡宮では引き続き「被災神社再建支援金」を募集しています。
郵便振込または直接 大崎八幡宮までお願いいたします。

〈郵便振込〉
加入者名 大崎八幡宮(震災支援金)
口座記号 02250-0
口座番号 49188

大崎八幡宮
〒980-0871 宮城県仙台市青葉区八幡4丁目6-1
電話 022-234-3606
FAX 022-273-1788
Email oosaki@okos.co.jp
http://www.oosaki-hachiman.or.jp

☆ 支援の詳細はホームページ内「美咲の部屋」
 「バックナンバー〈平成23年・24年・25年〉」を参照ください。

(取材日 平成26年4月18日)