header

宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

ヘッダー写真説明文

写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2014年5月5日月曜日

2014年5月5日月曜日20:00
石野葉穂香です。

昨秋、平成25年(2013)9月、亘理町吉田浜地区に東北最大級となる「亘理町いちご団地」が完成しました。

この冬は、営農を開始してから初めてのいちごシーズン。
農家の皆さんは大忙し。でも、誰もが明るく元気な表情で、最盛期を過ごしました。

5月に入ってピークの時期はもう過ぎてしまいましたが、ハウスの中では、まだいちごの花が咲き代わりながら、収穫が続けられています。
いちご農家の皆さんにとって、この冬は、震災以前のように働きがいのある季節だったはず。
そして迎えたこの春。
ほんとうの〝復興の春〟となったのではないでしょうか。

亘理町内の「いちご団地」は浜吉田地区、開墾場地区、逢隈地区の3団地で
造成面積は68.5ヘクタール、計111棟。今年度中にさらに十数棟が完成します
震災前の亘理町は、南隣の山元町と合わせて「東北一のいちご生産地」として知られていました。
平成22年(2010)のデータでは、作付面積が58.3ヘクタール、収穫量は約2210トン、販売額は約20億4790円でした。

しかし、東日本大震災による津波は、両町の平野部までも襲い、いちご農地の90%以上が浸水してしまいました。
畑はガレキに埋もれ、苗やハウスも全滅。
また、海水は土壌や地下水にまで染み込んで、深刻な塩害をもたらしました。


出荷用の箱。
4パック入りの1箱は約1120グラムです
被災した亘理町のいちご農家は251戸…。
「もうだめか――」。
塩水湖のようになってしまった農地を目の当たりにし、誰もが肩を落としていました。

しかし、ここで、あきらめてしまわないのが「東北一のいちご生産地」。
被災農家の約3分の1は、国の「東日本大震災農業生産対策交付金」などを活用し、初夏にはもう、海から離れた耕作放棄地などで苗の育成を再開しました。
苗は、競争相手でもある栃木県の生産者が無償で譲ってくだった「とちおとめ」。
地元に残っていた宮城県産オリジナル品種「もういっこ」の苗と合わせ、耕作放棄地での育苗を経て、9月にはJAが整備したハウスに定植するまでにこぎ着けました。

立って行う作業は、しゃがんで収穫する土耕栽培よりも
楽なのだそうです

 国の支援制度を活用できたというのもありますが、うれしかったのはライバル産地からの応援。そして一緒に土にまみれてくれた多くのボランティアさんたちの元気と力。

でも、やっぱりいちばん大きいものは、なによりも「負げねぇぞ」という、いちご農家の人々のやる気、本気です。

「苗は流されても、気持ちまでは流されてねえ」
いちご農家の皆さんが「底力」を発揮したのです。

粒も大きく、甘みもたっぷり。
収穫量だけでなく、安心で安全でおいしいいちごを届けたい、と
農家の皆さんは張り切っています

そして、翌平成24年(2012)3月には、亘理町と山元町のいちご栽培の本格的な復活のため、両町合わせて約190億円もの国の「被災地域農業復興総合支援事業(復興交付金)」が活用できることになりました。
亘理町は、約40haの「いちご団地」の建設を決定。利用希望者を募ったところ、被災したいちご栽培農家151戸から参加の申し出がありました。

平成24年10月に「亘理町いちご団地」は建設を開始。工事は急ピッチで進められました。
さらに1年が過ぎ、平成25年(2013)9月には、両町合わせて161棟の栽培用大型ハウスが完成しました。
花の受粉には、ハウス内を飛び交うミツバチが大活躍

「亘理町いちご団地管理組合」の森栄吉(よひでし)組合長は
「また、いちごをつくれるのが何よりうれしい」と、新たな出発に向けて語っていました。

震災前、多くのいちご農家は「土耕栽培」を採用していましたが、塩害のため、町内の農地では、その土耕栽培ができなくなってしまいました。
いちご団地の新しいハウスは、高設ベンチ方式という、これまでとは違う栽培方法です。
地上から1.2mほどの高さに、ヤシガラを入れたプランターを並べ、養液で栽培します。水やり、施肥、温度管理などは自動システム。また、光合成を促す二酸化炭素発生装置なども導入され、作業の効率アップを目指しました。


陽光をたっぷりと浴びて、亘理のいちごは
大きく甘く育っていきます

いちばん大きな栽培ハウスは、1棟が2反5畝(2500㎡=0.25ヘクタール)です。
1列50mの高設ベンチのブロックに定植された苗は500本。
41列あるので、1棟約2万本です。
室温は常時24度に設定され、真冬でも半袖で作業ができます。
花の受粉には、養蜂箱のミツバチが大活躍します。

収穫作業は6~7人で行い、一列分を収穫するのは約15分。その後、大きさをそろえてパック詰めします。1パックが280グラムで、4パックで1箱です。
6月までに6回花が咲き代わり、この大きさのハウスでは約10トンのいちごが収穫されます。

大きさごとに選別。階級は1パック6~9粒のFSP、12粒のSP、
17粒の2L、28~30粒のMなど、出荷指導規格は細やかに決められています
「全国からの応援、そして地権者の支援で再開できました。でも『復活しました、ハイ、ありがとう』じゃなく、いいものをつくる、おいしいいちごを全国にお届けすることこそ恩返しです。安心安全でおいしいものを提供できるよう、がんばっています」(森栄吉組合長)

「おいしさで恩返し――」
栽培農家の皆さんの表情には「東北一のいちご産地を復活させる」という決意とプライド、そして自信にあふれています。

ちなみに、いちごの花言葉は「幸福な家庭」。
小さな花が宿した実が、だんだん大きく熟していく姿に、愛情が深まっていく様を重ねて名付けられたともいわれています。

浜吉田地区のいちご農家の皆さん。
おいしいいちごを、いつもありがとうございます!

仙台平野南部、海明かり眩しい亘理町――。
張り切る笑顔、そして白い花とかわいい赤い実が、光いっぱいのハウスの中で明るく輝いています。

(取材日 平成25年12月12日)