header

宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

ヘッダー写真説明文

写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2014年4月5日土曜日

2014年4月5日土曜日23:47
石野葉穂香です。

さて。
なにはともあれ、まずは写真をご覧ください。





カラフル、しっとり、ハデハデ、クール・・・。
「おのくん」は、一足の靴下から作られる「ソックモンキー」と呼ばれるお人形。

作り方の基本は同じなのに、でも、ひとつひとつが個性的で、ちょっとずつ違った表情を見せてくれる。それは靴下の柄の違いだけじゃなく、作り手の個性や気持ちもこめられているからでしょうか。
でも、のほほんとして、愛くるしくて、なんだかそばにいてほしくなる・・・というところは共通点。

「おのくん」は、ちょっと不思議な人形なのです。


小野駅前仮設住宅集会所。
仮設住宅にお住まいの皆さんの社交場でもあり、「おのくん」のふるさとでもあります



「おのくん」は2012年4月、「東松島市小野駅前地区応急仮設住宅」の集会所で生まれました。
約80世帯が入居するこの仮設住宅ができたのは、震災から半年後の2011年8月のこと。旧鳴瀬町の野蒜地区などに住んでいた人たちが多く暮らしています。

住宅が流され、職場を失った方もいらっしゃいました。
以前なら仕事をしていたり、畑に行ったりしていたお母さんたちですが、することもなくなってしまい、集会所に集まってお茶のみをして、時間を過ごすことが多かったそうです。

「『おのくん』は、東松島に来てもらうのが目的の人形です」
(武田文子さん)
「はじめはね、ヒマだったの。いやもう、ほんとうにヒマで(笑)」
自治会長の武田文子さんは、当時のことをそういって振り返ってくださいました。

「11月には、何かを作ろうよ、といって『小野駅前郷プロジェクト』を立ち上げ、支援でいただいたミシンを使って、全国から寄せられた端切れや古着、着物カバーなどから巾着袋を作ったりしていました」

そして、震災から1年が過ぎ、子どもたちが春休みを迎えたころ、埼玉県からやってきたボランティアの方が、仮設住宅の子どもにプレゼントしてくれた一体の手作り人形を見て、武田さんは心惹かれたのです。


人形は「ソックモンキー」というものでした。
1930年ごろ、大恐慌に襲われたアメリカで、子どものためにおもちゃを買ってあげられなかったお母さんが、お父さんのお古の靴下を使って作り上げたというぬいぐるみ。ボランティアの方はこれを趣味で作っていた方でした。
武田さんは、かわいいね、私も作ってみようかしら、と思い立ち、作り方を教わることになったのです。

はじめは12~13人の方が「私も作ってみたい」と集まったのですが
「次の日には5人になっていました(笑)。難しいし、なによりも面倒くさいんですよね、実は」

こちらが記念すべき第一号(初代)の「おのくん」。
当時は「めんどくしぇ人形」という名前でした
記念すべき〝第一号〟が生まれたのは4月20日。一体を作るのに丸一日かかったそうです。
でも、皆で集まってワイワイ言いながら、ひとつのものを作っていくという作業はやっぱり楽しくて、「おかしいね」「笑えるね」「でもめんどくしぇ(面倒くさい)」なんていいながら、翌日からも人形作りは続けられていきました。

そのころ、東松島へボランティアにやってきたNHKの小野文恵アナウンサーは、皆がぶつぶつ言いながら人形づくりをしているその様子を見学し、人形に「めんどくしぇ人形」という名前をつけてくださいました。

壁に貼られた色紙。つい笑ってしまいました(笑)
〝がんばろう!〟じゃなくて〝めんどくしぇ〟。
気負いなく、無理をせず、肩の力を抜いて・・・。これは『小野駅前郷プロジェクト』の合い言葉でもあります。

当初はもう「ただ作っていただけ」でしたが、たくさんできあがったころ、ボランティアの人たちが、各地のイベントやお祭りなどに、〝東松島の大使〟として連れて行ってくれるようになりました。

そして、制作開始から3カ月が過ぎたころから「人形がほしい」という声が届けられるようになります。名前も〝めんどくしぇ〟ではなく、ブランド名をつけようということになって、会議も開かれました。

「小野駅前で作っているから『おのくん」でいいんでねえ?」

会議は3分で終了し、人形には、新しい名前がつけられたのでした。

ミシン、カタカタ・・・
「おのくん」の作り方は、靴下を裏返し、型紙を描き、靴下を切ってミシンでパーツを作り、それをまたひっくり返して綿を入れ、それから手作業で縫い合わせ、目をつけて・・・と、たいへんです。

元祖の「ソックモンキー」はキットが販売されていて、手順通りに作っていけば、皆、同じできあがりになります。
でも「おのくん」は、布質も柄も違うし、型紙も、作る人の工夫もちょっとずつ違うので、二体と同じものはありません。同じ柄で作ってもどこか違う。一つひとつがキャラクター(個性)なのです。

大まかにパーツを縫い合わせていきます
「おのくん」が欲しいという方には、小野駅前仮設住宅の「おのくんハウス」まで買いに来ていただく、というのが販売の基本ルールです。

 買っていただいた方は「里親」となり、旅行へ連れて行ったり、福を着せてあげたりしながら「おのくん」をわが子のように可愛がります。

そして「おのくんハウス(小野駅前応急仮設住宅)」へ連れてくることを「里帰り」といっています。
里親は、もう全国にいらっしゃいます。ひとりで何体もの里親になってくださる方もいるのだとか。また、子どもよりも大人に、しかも男性に人気というのも「おのくん」人気の特徴のひとつ。

綿を詰めたら、あとはひたすらチクチク、チクチク・・・
宮城県にゆかりの香川選手が所属する、サッカーの英国プレミアリーグ・マンチェスターユナイテッドのオーナーも里親のおひとり。「おのくんハウス」を訪ねてくださったそうです。また、熊本県のユルキャラ「くまもん」や、芸能人、著名人の方々にも、里親になっている方がたくさんいらっしゃいます。


「東松島へ来てもらうこと。それが『おのくん』づくりの目的です。来ていただくこと。被災地を見てもらうこと。ここで買い物をしたり、何かを食べていただけることも支援なんです」
そうおっしゃるのは、『小野駅前郷プロジェクト』で企画広報を担当される新城隼さん。

新城さんは震災直後、ボランティア団体を立ち上げ、2011年5月からは東松島市での活動に重点をおいて、継続的に支援を続けてくださっています。そんな中で武田さんとも出会い、いろいろ作って行く中で「おのくん」も誕生したのでした。

「東松島にふれていただく機会をつくりたい。
『MACHI BURA』もそのひとつです」
(新城隼さん)


「今はまた、『おのくん』や航空自衛隊松島基地のブルーインパルスをデザインにあしらったタンブラーを作りました。これを持って東松島のお店を訪ねると割引などの特典が受けられる『MACHI BURA』という企画も始めています」(新城さん)

松島と石巻に挟まれた東松島は通過点にされてしまいがち。観光客やボランティアで訪れた人たちに、少しでも長く東松島に滞在してもらって、地域にふれてもらう、そのキッカケづくりです。

関連グッズも続々と企画中
どうしても東松島へは行けない、でも「おのくん」は欲しい。
そういう方は、おのくんのホームページから申し込み用紙をプリントアウトして、FAXで申し込むこともできます。ピンク系がいい、レインボーカラーがいいといった好みや色、柄などを伝えると、それに合わせて作ってくれます。

「おのくん」の売上は、次の人形をつくる材料費になっています。
集会所で「おのくん」をつくることは、地域のコミュニティを強くし、さらには生活を強くしています。

「皆でガヤガヤ、ここで作るのは楽しい」「いろんな人に会えるしね」「めんどくしぇけど、形になっていくのはやっぱり楽しい」
人形を作り、お茶っこ飲みに、おしゃべりをして、いろんな人とも会話する。

「毎日楽しくやってます」
「・・・でも、やっぱり、めんどくしぇ(笑)」
「おのくん」は、東松島と全国を繋いでくれているばかりでなく、何よりもまず、地域の人たちを結びつけているのです。

東松島へ、「おのくん」に会いに来ませんか?
「おのくん」と、そして東松島の人たちとのすてきな出会いが、きっとあります。

●現地での購入
〒981-0301 宮城県東松島市牛網字駅前2-33-1 東松島市小野駅前 応急仮設住宅集会場

●電話・FAXでの申し込み
TEL・FAX/0225-98-8821
http://socialimagine.wix.com/onokun

(取材日 平成26年2月15日)