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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2014年4月8日火曜日

2014年4月8日火曜日22:49
こんにちは、Chocoです。
「復幸男、走りました」の後編です。
前編はこちら→http://kokoropress.blogspot.jp/2014/04/blog-post_2.html





今年の復幸男、3名

見事2連覇を果たした女川町出身の鈴木大さんは、参加した想いを語りました。
「震災後、女川を離れました。
女川町を離れても『復幸男』で1番手になることで女川を忘れていないということを伝えたくて、今回も走りました。とてもうれしいです。
ありがとうございました」


女川町復幸祭実行委員長から

ウエットスーツ素材でできた襷(たすき)が授与されました。

※襷を製作は、女川町のウエットスーツ工房RIVERSONさん


そして、実行委員長の阿部淳さんは、
「津波の恐ろしさを、ここまで逃げなければいけないんだということを、これからも伝えていってくれればと思う」
と、今回の参加者、そして3名の復幸男に向けて話しました。



今回は、「命の石碑」がゴール地点となりました。
女川中学校の生徒皆で取り組んだ『命の石碑プロジェクト』。

それは、津波の到達点、あるいはそれよりもさらに高い所に石碑を建てようという計画です。

町内で21カ所が予定されていて、その第1号がここ女川中学校に建てられたこの「命の石碑」なのです。

今回の「復幸男」を終えて、女川町の須田町長は、
「復幸男は、女川町に津波が到達した時刻から一斉に坂を走り出し高台を目指すというものです。
2回目となる今回は、女川中学校の「いのちの石碑」がゴール地点となりました。
これは、『ここまで逃げる』ということを1000年先まで残すために女川中学校の生徒が建てた石碑です。
有形の形として後世に伝えようとした中学生と
無形の形で、行動で、伝えていくんだという街の若い皆さん。
それぞれの想いが1つになったのでは、と思います。
そして、更に今回は、西宮神社の皆さんからも承認をもらい、福男と復幸男も繋がることができました。

是非、次回も足を運んでいただきたい


2回目の復幸男は、県内外から128名が参加しました。
そして、今回は本家本元「福男」の西宮神社の方々も応援に駆けつけてくれました。


復幸男の参加賞
「一番復幸」木札
福男カラーの黄色い軍手
KIRIN プラズマ乳酸菌の水
YOKOHAMAタイヤ タオル



「大津波が起きたら、とにかく高台に一目散に逃げるんだ」
そのことを、伝承するために始まった「津波伝承 復幸男」
私も実行委員会の会議に参加して、何気なく話していることでも「復幸男」への想いが真っすぐだということが伝わっていました。

当日参加して、地元の中学生が
「これは、遊びのイベントじゃない。津波のことを伝えていくためのものなんだ」
と言っていたのを耳にしました。

女川の中学生が建てた「いのちの石碑」と同じように「復幸男」もこれからもずっと津波伝承のために続いていくのだと思います。

来年は、あなたもぜひ参加してみてください。
私も・・・参加します!!

(取材日 平成26年3月15日)