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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2014年4月24日木曜日

2014年4月24日木曜日17:22
kaiiです。
東日本大震災から3年を迎えた平成26年3月11日。気仙沼市でも追悼式が行われました。
気仙沼市総合体育館「ケー・ウェーブ」で行われた「平成26年気仙沼市東日本大震災追悼式」には、遺族や市民など約1300人が参列しました。

気仙沼市東日本大震災追悼式

午後2時30分の開会の後、津波と津波火災で大きな被害を受けた鹿折地区にある気仙沼市立鹿折小学校の4年生が、阪神淡路大震災発生の2週間後に作曲された「しあわせ運べるように」を合唱しました。
ふるさと気仙沼の復興を願い、歌詞の一部を「鹿折(ししおり)」と替えた「鹿折バージョン」で歌いました。

気仙沼市立鹿折小学校4年生による献歌の様子

東日本大震災が発生した午後2時46分。
大地震と津波で犠牲になった方々に黙とうがささげられました。

犠牲者に黙とうを捧げる参列者

菅原茂・気仙沼市長が
「未だに約1万人の人が仮設住宅などで生活しています。1日も早くこの状況が解消されることが犠牲になった方々への供養になると思います。復興までの道のりには幾多の困難もあるますがやり遂げなければなりません」
と式辞を述べました。

式辞を述べた菅原茂気仙沼市長

続いて、谷公一・復興副大臣と臼井真人・気仙沼市議会議長が追悼の辞を述べました。

遺族を代表して、気仙沼市内ノ脇でギフトショップを経営していた佐藤正典さん(63)が津波で亡くした
奥さんへの思いを話しました。
「もっと早く避難すればと後悔した日が続きました。妻は前を向いて生きてほしいと願っていると思います。妻に生かされた命。少しずつ前に進んでいきます」
と涙ながらに話しました。

気仙沼市大島で大好きな祖父が今も行方不明の小野寺龍紀さん(20)は、高校2年生の時に被災し、気仙沼高校の避難所で1週間を過ごしました。気仙沼の離島である大島の自宅に戻ってはじめて、祖父が漁に出たまま戻っていないことを知りました。
小野寺さんは、
「祖父の捜索をしていただいた方々に感謝しています。震災を後世に伝えていくことが大切です」
と話しました。


献花をする遺族の方々

この後、献花が行われました。
遺族および参列者が祭壇に花を手向け犠牲者の冥福を祈りました。

東日本大震災から3年。
もう3年なのか?
まだ3年なのか?
さまざまな見方はあると思います。
多くの問題と向き合いながら、「復興」へ市民ひとりひとりがしっかり参加して進んでいくことが、震災で犠牲になられた方々へのご供養になると思います。

2014年3月16日 日曜日
東日本大震災から3年(前編)(気仙沼市)
http://kokoropress.blogspot.jp/2014/03/3.html

(平成26年3月11日)