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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2014年3月20日木曜日

2014年3月20日木曜日20:21
石野葉穂香です。

仙台市で78年ぶりの大雪となった2014年2月8日。
その3日後の11日、岩沼市玉浦地区にある、岩沼「みんなの家」で、餅つき大会が開催されました。

地元のお米を、地元の力持ちが衝きあげて
地元のお母さんが、玉浦の味を振る舞ってくれました

お雑煮、あんこ、そしてお漬け物などはお母さん方の手作り。訪ねてくれた人たちに無料で振る舞われました。

「みんなの家」とは、「せんだいメディアテーク」や「大館樹海ドーム」などの建築で知られる世界的な建築家・伊東豊雄氏をはじめ、5人の著名な建築家でつくられた「帰心の会」の働きかけによって、被災地支援のために建設された施設のこと。

大震災で家を失った人々が、集い、語り合って、安らぐことのできる共同の「家」。
利用者と設計者、施工者一体となってつくり、利用する人々が復興を語り合う拠点の場となるものです。

雪の中、日だまりのようなほっとする空間です
玉浦地区は、阿武隈川や名取川など、緑豊かな森に発した水に潤う仙南平野の真ん中にあります。
古くから肥沃な大地として開墾され、藩政時代の昔から稲作や野菜、果樹などが栽培されてきました。

しかし、東日本大震災の大津波は、この玉浦地区にまで押し寄せてきました。
豊かだった農地は、たくさんのガレキに埋もれ、また塩害によって痛め付けられ、多くの農家が1年あるいは2年間、作付けをあきらめることとなってしまいました。

震災から2年目の2013年の春、その玉浦地区の、かつて畑だった場所に、岩沼市の農業復興支援活動とその支援継続のために事業を創出していく拠点の場となる岩沼「みんなの家」の建設がスタートしました。

つきたてのお餅は最高です!
構造は、利用者に安らぎを与えられる木造が基本。建設場所も、自治体や住民たちとの話し合いによって決定されます。
2011 年 10 月末、仙台市宮城野区内に、最初の「みんなの家」が完成し、さらに宮城県や岩手県などに、これまで6棟が建てられてきました。
岩沼「みんなの家」は7棟目です。4月に着工し、7月10日、竣工しました。

「建設には50を超える法人、個人の皆さんの支援をいただきました。また竣工後も、催し物などの際には、地域の皆さんがお勤め先やご自宅に所有する器具や什器を持参されるなど、運営にも多大なご理解とご協力をいただいています」
と、お話ししてくださったのは、岩沼「みんなの家」を運営・管理する「インフォコム株式会社」の富澤信隆さん。
「今は新しい住宅も建ち始めていますが、はじめは何もなく、ただ空だけが広がっていました」

「地域と一緒につくっていく家です。
双方向の〝ありがとう〟が目標」(富澤信隆さん)
東京に本社があるインフォコム株式会社は、震災後、被災地の復興支援を開始しました。
同社は、サッカー元日本代表の中田英寿さんが代表理事を務める一般財団法人「TAKE ACTION FOUNDATION」の特別賛助会員でもあります。
中田さんと伊東豊雄さんが友人という縁から、インフォコムは伊東さんと出会い、伊東さんらの提唱する「みんなの家」を、岩沼市に建設することになりました。

同社が「みんなの家」の建設に関わったのは岩沼が初めてとのこと。
そして、地域興しのために幅広い活動を続けていた「NPO法人がんばッと!!玉浦」とも出会い、地域の皆さんも巻き込みながら、岩沼「みんなの家」は、活動をスタートさせました。

インフォコムでは、岩沼「みんなの家」を拠点に、専門分野であるITを活用して、じっくりと腰を据えた形で支援を続けています。

幅広い世代が集まってくる。
だから「みんなの家」なのです
館内には、タブレット端末が10台備えてあり、来館者は自由に使うことができます。特に子どもたちに大人気。放課後には画面をのぞき合ったりしながら遊んでいるそうです。
「子どもたちや地域の人たちにITリテラシー(習熟)を高めてもらえたらと思っています」(富澤さん)

三和土(たたき)の土間と、こたつも置かれた小上がりは一続きの空間。薪をくべる昔ながらのカマドや釜、調理場、レンジなどの使用も無料。外には縁台もあり、通りかかった同士が腰掛けて、お茶っこ飲みの笑顔が咲きます

懐かしい農村の日常風景のよう・・・
地域の産業の復活のためにもITを活用したい、と富澤さん。
「玉浦といえば農業です。例えば農業にITを持ち込み、施肥や水やり、天候などといったさまざまなデータを蓄積する。また、週末には地域の人たちが生産した野菜の販売も行っていますが、スマホで支払いを済ませたり、生産者情報の検索なども可能。ITあり、もちろん対面販売もありです。

入荷や販売管理、生産者情報も一元管理

また、やがては農業へのIT活用や医療分野でのIT活用など、インフォコムが展開するIT事業で地域への貢献を進めたいとのこと。

震災前、地域には「かあちゃん広場」という農産物の販売施設があり、地域のお母さんたちが育てたおいしい野菜が大人気でした。

でも、塩をかぶった畑では野菜も作れなかったし、家にこもってるしかなかったそうです
「だけど『みんなの家』ができて〝また販売をやりませんか〟って言ってもらえたのはうれしかったサ」と、あるお母さん・

「皆がサ、一緒になって何かできるってのがいいだよねー」
「野菜作りはやっぱり楽しい。毎朝、畑に行ってサ、ああ芽が出た、さあ花が咲いたって、みているのがうれしい」
「農家に嫁に来たんだもノ。野菜を作ってまた販売もできる。生き甲斐にしたいね」

 「みんなの家」の周囲は今、『恵み野』と名付けられた新しい住宅街となり、住民も増えています。この日も他地区からやってきた若いお母さん方が、子どもたちと一緒に遊びに来ていました。

「みんなの家ができてから、ばあちゃんたちも変わった」とおっしゃるのは、「NPO法人がんばッと!!玉浦」の理事である谷地沼富勝さん。

「〝震災〟で切れたものがある一方で、つながったものもある。
世代の温度差を埋めてくれる拠点にもなっていますね」
(谷地沼富勝さん)

「前はね、若いコに料理の味付けやレシピなんて教えたがらなかった(笑)。でも『みんなの家』では楽しそうに一緒に料理をつくったりしています。あんなこと(震災)があったから、若い人に伝えておかないとって思っているのかも」
ここを拠点にして、農業の六次産業化や、特産品を創ってブランド化したいね、なんて皆で話し合っているそうです。

インフォコムから単身赴任中の施設管理人である小笠原長晃さんも
「使い勝手のいい施設だと思います。開館時間はありますが、鍵をかけていただけたら夜遅くまで使っていただけます。飲酒もOK」
 
「情報も笑顔も、未来の夢も集まってくる場所に」
左から富澤さん、管理人の小笠原長晃さん、インフォコム取締役の大垣喜久雄さん
公民館とも違う、地区の集会所とも違う。
決して大きな建物じゃないけれど、何だかワクワクした気持ちさせられてしまう不思議な家。
子どもも大人も、おじいちゃんもおばあちゃんも、皆が集まって、誰もが笑顔を咲かせています。

みんなを笑顔にしてしまう〝魔法のおうち〟です!

(取材日 平成26年2月11日)