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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2014年2月4日火曜日

2014年2月4日火曜日21:08
未曾有の被害をもたらした東日本大震災。
その時、膨大な数の文化財、美術品、自然史資料なども被災しました。
特に沿岸部では津波により、文化財資料の専門職、関係者も想定だにしなかった深刻な被災状況に陥っていました。

東北歴史博物館(撮影:平成26年1月15日)
こんにちはエムです。

「文化財レスキュー事業」という活動をご存じですか?
ココロプレスの取材をさせていただくようになってからというもの、震災の被害状況や復興活動について知らない事が多過ぎると思い知らされています。
「文化財レスキュー事業」もその1つ。その活動の中心を担っているのは「東北歴史博物館」だとの情報を受け、今回は教授に講義を受ける受講生のような気持ちで伺いました。

教えてくださったのは主任研究員の佐藤憲幸さん。佐藤さんは昨年度まで「文化財レスキュー事業」の中心となって活動していた方です。

                (撮影:平成26年1月15日)

「東北歴史博物館」JR東北本線「国府多賀城駅」に隣接する宮城県立の博物館です。

震災では博物館自体の被害は少なかったものの、資料を保存していた別館の浮島収蔵庫では、棚が倒壊するなどして縄文土器などの資料、200点以上が壊れてしまいました。
しかし被害がより深刻な沿岸部の文化資料救出を優先と考え、(宮城県では)東北歴史博物館が中心となり文化財レスキューの活動を担ってきました。

文化庁は震災直後、東京や京都など各地の国立の博物館、美術館、国会図書館などの国の専門機関をはじめ、他県の博物館や文化財関連機関・団体など多くの専門機関による「東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援委員会」(以下:救援委員会)を立ち上げました。
宮城県は平成23年震災直後の3月末に支援を要請し、これを受けて「救護委員会」の現地本部が仙台市博物館に設置され、レスキュー活動が始まったのです。

「文化財レスキュー事業」では「救援委員会」を中心に、全国のミュージアム、文化財関連機関など多くの団体が参加。宮城県からは東北歴史博物館の他、県立美術館、仙台市立博物館・科学館、東北大、各市町村の教育委員会などが参加し、連携・協力することで行われました。

県内で最も甚大な被害を受けた「石巻文化センター」
1,129件、個別の点数で数万点の資料が救出されました

「石巻文化センター」のレスキュー活動
初めはあまりの惨状に言葉を失いました

これまでに救出した文化財は、宮城県の58の施設や個人が所蔵するもの合わせて十数万点にものぼります。

レスキュー直後の応急洗浄(石巻文化センター)

資料の洗浄・乾燥作業(宮城県慶長使節船ミュージアム・サンファン館)

十数万点……。
数字で示されただけでも膨大な数だとは分かりますが、それはただ拾い集めて箱に詰めた点数ではありません。
ある場所では泥やがれきの中から、1つ1つ再発掘するようにして拾い集め、ある場所では津波にすっかり浸ってしまった資料を(純度の高い水で)洗い、乾かし、応急処置をしながら救出しました。
しかも工場用水や油など不純物が混ざった海水という、いままで誰も体験した事のない惨状の中、どのように取り扱えばいいのか迷いながら、試行錯誤の中の作業だったそうです。そのようにして慎重になおかつ分類しながら回収された数なのです。

「東松島市野蒜埋蔵文化財収蔵庫」津波が天井まで及んだ跡が見えます

「東松島市野蒜埋蔵文化財収蔵庫」発掘作業と同じような回収作業

さらに文化資料の救出は一般のボランティアではできないため、各地から専門的知識を有した人材を集めなければなりませんでした。

「あの頃はこの博物館の破損した資料の対策などもありましたし、沿岸部のミュージアムや個人所蔵の資料などはより深刻な被害を受けていましたので、石巻や気仙沼、南三陸などにも行かなければならないし…で、平成23年の4、5月は職員全員がわけがわからなくなったような状態で動いていましたね」

東北歴史博物館「浮島収蔵庫」では多くの縄文土器が破損しました

「でも私たちの博物館は宮城県立ですので、この宮城県の文化財レスキューの中心を担わなければならない。そんな思いで震災から今まで活動してきました」

「今見ると、この状況でよくやったなぁ、と思いますね」
今までの活動は毎年パネル展などで紹介してきたそうですが、そのパネルを見ながら佐藤さんはつぶやきました。

南三陸町「歌津魚竜館」2階展示室

「博物館というと、国や県の指定の文化財として認定されたものしか扱わないのではと思われているかもしれませんが、各市町村で今まで大事にされてきたものも文化財です。私たちはとにかく、そこにあるものを救い出す。というレスキューをしてきました」

そうして集められた資料は「歴史資料」「自然史資料」「美術作品」「民俗資料」「考古資料」など多岐にわたります。
救出されたものは東北歴史博物館をはじめ、県立美術館、仙台市博物館、仙台市科学館、その他、国の施設や大学など、分野ごとに分散して保管され、現在も多くがそのまま “一時保管” されています。

一時保管された資料。劣化を押さえるため害虫駆除や殺菌の目的で
燻蒸(くんじょう)を行いました(東北歴史博物館)

“一時保管” された膨大な数の文化財は、また長い年月を耐えうる保管状態まで戻す必要があります。また、地元に返すことができる状態まで修復しなければなりませんが、その作業は1、2カ所の施設や少ない人数ではとても手に負えるものではありません。
そこで平成23年10月、文化財レスキューに関わった宮城県内の各施設や地元市町村の教育委員会などで「宮城県被災文化財等保全連絡会議」(以下:連絡会議)を結成しました。

なにやら長くて難しい名前ですが、要約すると「このとっても難しい事態を、宮城県の文化財の知識を持っている人みんなで、知恵を出し合って考えながら対策をとっていきましょう」という趣旨のようです。

東北歴史博物館は「連絡会議」の代表幹事兼事務局となって積極的に活動しています。

修理方法を検討するための資料調査のようす

特に平成25年3月に文化庁の「救援委員会」が無くなってからは、宮城県の「連絡会議」は文化財保全を遂行するためには重要な組織となりました。
文化庁の「救援委員会」が無くなったとはいえ、現在は国の専門機関が個別にオブザーバやアドバイザーとなり、支援を受けているそうですが、宮城県が立ち上げたこの「連絡会議」は全国的に見ても貴重なモデルケースになり、県内連携体制を模索する各機関から注目されています。

「文化財レスキュー事業」は1年目の平成23年は文化財の救出と一時保管が中心でした。
続く2年目の平成24年は、修理・応急処置をどうするか具体的な検討がさなれました。
そして3年目の平成25年は実際の修理に着手すると同時に、返却に向け、被災した各市町村の収蔵庫の環境をどう整えてるかが検討され、現在もその途上にあります。

東北歴史博物館での応急処置
エタノールでカビの増殖を防ぎます

「カビや破損など、状態の悪いものは応急処置を施したり、修理したりしましたが、元通りに修復するのは難しいものもあります。
平成25年は約100点が修復されましたが、劣化が進まないまでにとどめるものや、応急処置までしかできないものなどあり、その都度1つ1つ調査・研究し、相談しながら決めて行っています」

名取市 熊野那智神社「懸仏」(重要文化財)の調査
破損やサビの有無を確認しながら調査カードを作成しています
(東北歴史博物館)

「3年の間に少しづつ活動内容は変わってきています。最終目標は、膨大な数の文化財を全てきれいにし、被災地が復興を遂げた暁には、地元の文化財として戻したいと考えています。
それまでの修理、返却までの段取りをどうやってやっていくか、それは1、2年の話ではなく、10年単位で時間をかけながらやっていかねばなりません」

「しかし、文化財そのものは古いもので何千年、あるいは何百年と大切に守られてきたものです。修復が終わればまた更に何百年も守っていけるよう、10年の修復時間は長いと考えず、行っていきたいと思っています」

脱酸素剤とガス不透性フィルム
による密封作業
密封された文書資料。カビや害虫による劣化を防げます
(東北歴史博物館)

救出された想像を上回る数の文化財。それは今まで私たちのごく身近にあり、長い年月、何世代にも渡る人の営みを見守ってくれていた文化財、その数です。
東日本大震災で失ったものはあまりにも大きく、ほとんどが永遠に失われてしまったと思い込んでいましたが、こうして再びよみがえらせようと尽力してる人がいることを知りました。
それは膨大な泥の中から拾った1粒の種から、小さな花を再び咲かせるような作業かもしれません。しかしその花がいつしか野原になり、被災し、いまだ希望を見い出せない人の心にも、いつか小さな花を咲かせてくれることを願わずにはいられません。

「衣・食・住だけでは人は人として成り立たぬ」
先日ご紹介した「福島美術館」の創立者、福島禎蔵氏の言葉をしみじみ思いだしました。


2014年1月4日土曜日
「『衣・食・住』だけでは人は人として生きられぬ」~街のちいさな美術館が提唱~(仙台市若林区)
http://kokoropress.blogspot.jp/2014/01/blog-post_5768.html


「被災文化財の復興はその地域の営みの歴史を復興させることであり
また、人々が大切な地域を思う『心の復興』であると信じます」
佐藤憲幸さん(中央)と職員のみなさん

「宮城県被災文化財等保全連絡会議」の活動の様子は、現在も「東北歴史博物館」ロビーのパネル展示で見ることができます。


「文化財レスキューマップ」

[※ 画像提供/宮城県被災文化財等保全連絡会議]

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東北歴史博物館

〒985-0862  宮城県多賀城市高崎1-22-1
電話 022-368-0101
e-mail thm-service@pref.miyagi.jp/
ホームページ http://www.thm.pref.miyagi.jp

(取材日 平成26年1月15日)