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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2014年1月4日土曜日

2014年1月4日土曜日23:30
こんにちはエムです。

仙台市にありながら「福島美術館」という名前の美術館があるのをご存知ですか?
それは民間で経営してい小さな美術館で、なんでも実業家だった福島家が三代にわたり収集した美術品を収蔵・展示しているとか。
恥ずかしながら私も、今回の取材で初めて知ることができました。

若林区土樋の静かな住宅地。この辺りはかつてお屋敷町だった

「福島美術館」では東日本大震災での美術品の被害は最小限にとどまったものの、建物の被害は大きく、民間の経営ではとてもまかなえない額の修繕費が必要でした。
当時たった1人の学芸員、尾暮まゆみさんは途方に暮れました。寄付による修繕費の確保を思い付いたのは震災があった平成23年の10月中旬。「七幅絵はがき募金」として情報を発信しました。

「七福絵はがき」めでたい図柄の中にもユーモアで笑いを誘うものなど
尾暮さんが厳選した7つの福の絵は全て「福島美術館」所蔵

「七幅絵はがき募金」とは美術館所蔵の中から厳選した、「幸せ、祈り、願い、ゲンキ」の思いの詰まった7点の絵を絵はがきにし、募金していただいた方に差し上げるものです。
その反響は大きく、予想をはるかに越えた支援の輪が広がり、建物の修復が可能になりました。多くの方のご協力により、昨年(平成24年)8月末に修復工事を終えた福島美術館はその年、「七福絵はがき募金」を初めて受けた1年後の12月19日に再開することができました。

「ココロプレス」でも今年、福島美術館の震災による被災から再開までの詳しい経緯を掲載させていただきました。

【平成25年1月24日付 街のちいさな美術館の再開(仙台市若林区)】

私が取材に伺ったのは再開からちょうど1年目の12月19日。何となくうれしい気持ちで取材させていただきました。

「福島美術館」は「社会福祉法人 共生福祉会 ライフセンター」
に併設された美術館です

「福島美術館」は昭和55年、共生福祉開館(ライフセンター)内に開館した美術館で、4階建ての2、3階部分に展示室が併設されています。

「平成24年12月の開館までは建物の修復に追われ、資料の修復にまで手が回りませんでした」
そう語るのは学芸員の尾暮さん。

資料の破損は少なかったとはいえ、やはり被害はありました。修復にはそれなりに時間も予算もかかります。人手も足りてない中、今年度から文化庁・震災ミュージアム再興事業の補助金を活用して、やっと資料の修復に着手できているそうです。

展示室の掛け軸

「ここにある物は国宝や重要文化財のような超一流の物ではありません。でも、壊れた物を直してあげないと、震災は終わらないなと思っているんです」

「仙台の街のちいさな美術館の灯を消したくない」「収蔵資料を後世にしっかり伝えたい」
尾暮さんのそんな気持ちは今回、“募金” という形で多くの人の賛同を得ることになり、いただいた募金は資料の修復にもつながっています。


資料修復の経過については「福島美術館」ホームページをご覧ください

それにしても「福島美術館」には、掛け軸、仏像、絵画、書、陶器や真空管のラジオなど多方面にわたる美術品や工芸品、古書籍が収蔵されており、中には仙台藩伊達家からの書や絵画、文書など歴史的価値のあるものなど、江戸時代から昭和初期にかけての三千点を越える所蔵品を有しています。それが、三代にわたって集めた個人のコレクションだった物というのは驚きです。
福島禎蔵(ていぞう)氏(1890~1979)が設立した社会福祉法人 共生福祉会に生前に寄贈され「福島美術館」ができたそうですが、「福祉」と「美術館」のつながりとは何だったのでしょうか。


3階にある展示室

尾暮さんによると、実業家であった福島家では、「社会からいただいたお金は社会に還元しなければならない」という教えがあったそうです。
福島禎蔵氏の祖父 運蔵氏、父 與惣吾郎氏は共に美術への関心が高く作品を入手する機会が多かった福島家。
特に三代目の禎蔵氏の関心は美術にとどまらず、地産地消を先駆けて考えたビール会社「東洋醸造株式会社」の設立。仙台NHKの誘致にも力を注ぎ、日本放送協会東北支部を創設しました。仙台での最初のラジオ放送は福島家を放送局として実現させたそうです。また、「東洋刃物」を株式会社にと、興味の対象は広く、思い切った展開を成し遂げていました。

今では珍しい真空管を使ったラジオ
このラジオでラジオ放送を聞きながらお茶を飲む企画もありました

特に「福祉」「文化」への関心は高く、生前禎蔵氏は「『衣・食・住』だけでは人は人として成り立たない」と提唱していたそうです。

昭和中頃までの仙台駅東口付近は、生きるのに精一杯の人たちが多く、治安も乱れていました。その様子に心を痛めていた禎蔵氏は、女性や青少年に手に技術や職を身につけさせたいとの考えに至りました。そこで福島家の屋敷の土地を一部提供し「ライフセンター」を建設(昭和48年完成)したのです。
「ライフセンター」は今で言うカルチャーセンターのような、文化や教養を身に付ける学校のようなものでした。中では書道、料理、和裁などを教えていたそうです。

さらに体に重度の障がいを持つ人々の生活や、就労の支援を行うための「社会福祉法人 共生福祉会」を設立(昭和40年)していた禎蔵氏は、当時、他人の目を気にして外に出ることもできなかった障害のある人と市民が、共に文化に触れ楽しめる機会が必要との考えから、「ライフセンター」内に美術館を設ける構想も含ませました。

こうして、福祉と文化の両面から社会に奉仕することを願った福島禎蔵氏の「福島美術館」が作られました。
しかし残念なことに禎蔵氏は、美術館開館の前年、昭和54年に亡くなられています。

展示品について詳しく説明してくださった尾暮さん

「ここにあるものは大正から昭和にかけてのものが多いのですが、超一級品ではないかもしれません。でも、昔おじいちゃんやおばあちゃんの家で見たような、どこか懐かしいものだと思うんです」
「とても悲しいことに、今回の震災でたくさんの家が流されてしまいましたが、その家にもあったような、昔はそれほど大事に思ってなかったけれど、今考えると大事に思える懐かしいものに会える場所。それが『福島美術館』だと思うのです。心にゆとりができた時に、ふと行ってみたい場所、身近な思い出とゆっくり向き合える場所になったらいいなぁ、と思います」

そんな尾暮さんの気持ちを証明するかのように、震災後訪れた方の中には
「震災後、美術館のことを心配していた高齢の母親の代わりに来ました」という方や、リピーターだった方が震災後、ようやく訪れた美術館の最初の場所になったという方もいたそうです。
なるほど、だからこそ尾暮さんは禎蔵氏の遺志に共感して受け継ぎ、「仙台の街のちいさな美術館の灯を消したくない」「収蔵資料を後世にしっかり伝えたい」と頑張っているのですね。

「七福絵はがき募金」のお返しには7枚の絵はがきの他、美術館への無期限の入場券も同封されており、その券を持って来館された方も多かったそうです。


「七福グッズ・双喜図ポケットファイル」500円
「七福グッズ・七福シール」300円

 「福島美術館」では平成24年12月、再開を機に新たに3種類の「福島美術館」のオリジナルグッズを作りました。多くの方の支援で再開を果たした感謝を込め、少しでも多くの “福” が届けられるようにと作られた「七福グッズ」です。
収益金は、まだまだ必要な「福島美術館」運営・維持金として活用されます。

「七福グッズ・昆虫大名行列図しおり」300円


引き続き「福島美術館支援・七福絵はがき募金」へのご協力も併せてお願いいたします。


「予想を上回るご支援をいただき、このちいさな美術館を思ってくださる方々の
広がりを改めて思い知らされました。ありがとうございました」
☆尾暮まゆみさんによる作品解説をご希望の場合は、あらかじめご連絡ください。
 日程を調整させていただきます。

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【福島美術館展示のお知らせ】
〈平成26年 新春恒例めでた掛け〉
平成26年1月7日(火)~3月2日(日) 
休館日 1月13日以外の月曜日 1月14(火)、2月2日(日)、2月12日(水)
時 間 9:00~16:30
入館料 一般 300円、学生 200円(高校生以下、70歳以上、障がい者の方は無料)
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「七福絵はがき募金」「七福グッズ」
ご希望の方は郵便振込、または直接窓口へ
《郵便振込》
口座番号 02200-0-134324
口座名 福島美術館

※「七福絵はがき募金」は一口2,000円以上でお願いいたします。

※ 「七福グッズ」の購入方法、企画展示の情報など詳しくは福島美術館のホームページをご覧いただくか、直接お問い合わせください。

福島美術館
〒984-0065 宮城県仙台市若林区土樋288-2
電話 022-266-1535

(取材日 平成25年12月19日)