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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2014年1月10日金曜日

2014年1月10日金曜日20:55


こんにちは。kaiiです。

震災後3回目のお正月を迎え、被災地で暮らす私たちの生活も少しずつ落ち着きを取り戻してきています。
被害の大きかった沿岸地域では、少しずつ嵩上げ工事が進められ、工場などの新しい建物が建設され始めています。待たれていた集団防災移転の工事も始まりました。
「目に見える復興」は確実に進んでいることが実感できます。

私たちは「目に見えない心の復興」を、「目に見える復興」と共に進めていかなければなりません。
私たちがこれから進めていく「心の復興」にヒントになるお話を奈良薬師寺の僧侶、大谷徹奘(おおたにてつじょう)さんにいただきました。

奈良県 法相宗大本山薬師寺 
執事 大谷徹奘 導師

大谷さんは昭和38年、東京に生まれました。17歳で奈良薬師寺の故高田好胤(たかだこういん)住職に師事し僧侶になりました。平成11年(36歳)の春から全国各地で「心を耕そう」をスローガンに法話行脚を始め、現在は全国で年間200回以上も「生きること」についての法話をされています。

大谷さんは、東日本大震災から28日目に宮城県石巻市に入りました。石巻青果市場に並べられている多くのご遺体や津波で壊された町の様子など目にした光景を目の当たりにして「これは手に負えるものではない」と感じました。
私たちは経験のない未曾有の光景を目にしましたが、それと同じ光景を僧侶として修行する大谷さんでさえもすぐには受け容れることができませんでした。

大谷さんは、仏教の基本の教えは『生き方』と物事の『有限性』だと話します。
形があるものは完成したその時から劣化が始まり、若い人は老い、健康な人は病気になります。「人間の作ったものには限界がある」ということです。それが物事の有限性です。

大谷さんに「有限である命をこれから私たちがどう生きていけるのか」お話を伺いました。
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大谷さんは「被災地の中で、自分の命を大切にし、亡くなった人の分まで精一杯生きようとしている人は、自分の命の意味を知り、自分の命をしっかり生きている人」
このような人たちは、「未来の人に思いを寄せ、今を一生懸命生き『復興の原動力』になっている」と話します。

昭和30年代、そろそろラジオからテレビに移行しようとしていた頃に、落語で使われる都々逸(どどいつ)のひとつに、「空があんなに青いのも、 電信柱が高いのも 、郵便ポストが赤いのも、みんなあたしが悪いのよ」という一節がありました。大谷さんはこの一節は「自分を内観すること」を薦めているのだと話します。

大谷導師の直筆のメッセージ
「未来は自分の中にある」

「なぜ私は生きたのか?」

大谷さんは「静観自得(じょうかんじとく)」し、「残された自分の命の意味を自分で見つめ、探すことが大切です。他人から言われて探しても自分のためにはなりません」と話します。

「未来は自分の中にある」と信じ「静思(じょうし)」することが、『生き方』を見つける手掛かりになると言います。

大谷さんは、
「東日本大震災を経験した被災地の人たちには、『被災という経験』を次世代につなげる生き方を続けることができます。現象をバネにして生きることで、次世代に命をつなぐことができるのです」
と話します。

「あせらず一歩。あきらめず一歩。一歩一歩前へ前へ」

私たちは、被災という経験を次世代の命を守ることや地域や社会づくりに活かすことができるということです。私たちが、今、進む歩みが未来の命につながっていきます。

大谷さんのこの言葉を聞いて私は、先人から「津波てんでんこ」と防災教育をされてきた、岩手県釜石市の小中学生の話を思い出しました。
釜石市では、小中学生2923人(東日本大震災発災当時)のうち、犠牲になった子どもは5人でした。これは、津波に苦しめられてきた先人から「津波てんでんこ(自分の責任で高台へ逃げる)」と教育してきた結果です。子どもたちは自分の命を学校から1kmも走り守りました。
大谷さんの「あきらめず一歩」私たちは震災で多くのものを失くしましたが、「未来」に「生きることをつなぐバトン」を預かったのだと思います。

大谷導師直筆メッセージ
「弱い自分に出会った時が 強い自分になるチャンス」
大谷さんも被災者です。

平成16年から平成22年9月まで薬師寺の命で、廃寺に近い状況だった茨城県潮来市のお寺「潮音寺」の復興事業に取り組みました。「命があるからできる」と事業に取り組みました。
大谷さんは、「命の使い方は自分にしか決められないことだ」と潮音寺の「復興」に取り組みました。
復興して半年で、潮音寺は震災に遭いました。震度6弱の大きな揺れの後に起こった液状化現象で、平均15cm、ひどいところで1m沈下し、被害の大きかった建物には入ることができなくなりました。
地域の人たちが復興を待ち望み多くの参拝の方が訪れるようになっていた矢先の出来事でした。
被災のありように対して「大地を恨まない」と口にする大谷さんでも、心のどこかで「大地を恨んでいた」といいます。

修行を続ける大谷さんでも、震災の被害の大きな地域に入ったときには「自分を自分でどうしていいのか」分からなくなったと言います。
僧侶として厳しい修行を続ける大谷さんでも、私たちと同じように思い、迷ったことがあるとお聞きしました。
「弱い自分に出会った時が 強い自分になるチャンス」

命の時間のある間、私たちは「震災」と「復興」という現状と向き合い続けなければなりません。その現状から目を背けることなく、心折れそうな弱い自分と向き合い、勇気をもって前へ進んでいかなければならないと感じました。


「あせらず一歩。あきらめず一歩。一歩一歩前へ前へ」


大谷さんは「これから作られる復興の町は、今まで以上に考えられた住みやすい町に変わっていくと思います。ハード面の復興は確実にいい状況に進んでいきます」と話します。

私たちは「心の復興」を「町の復興」と共に「あせらず、あきらめず一歩一歩進めていかなければなりません」前へ向かって伸びている道をゆっくりと静思しながら進んでいくことが大切だと思います。


*静観自得(じょうかんじとく)=仏教ではこのように読みます
*静思(じょうし)=仏教ではこのように読みます


(取材日 平成25年12月13日)