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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2014年1月1日水曜日

2014年1月1日水曜日15:00
石野葉穂香です。

『ガレキとラジオ』という映画をご存じでしょうか?

12月22日、その映画の舞台となった南三陸町で、「『ガレキとラジオ』を南三陸町で再び観る会」が開催されました。



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震災直後、被災地の市役所や町役場は、停電や通信の遮断などで、防災行政無線や防災メールといった手段が使えず、住民たちに知らせたい情報が発信できないもどかしさに苦しんでいました。
安否情報、物資の配給や炊き出しといった救援情報、地元の被災状況・・・・・・。大切な情報はたくさんあるのに、それをどうやって告知しようか?

そんなとき、大活躍したメディアがありました。

ラジオです。

全国各地で上映されたとき、観客の方々が「南三陸町の皆さんへ」と寄せてくださったメッセージ

震災直後、岩手、宮城、福島の3県では、20局を超える「臨時災害放送局(臨災局)」が開局しました。
「臨災局」とは、災害発生時、現地での被害を軽減するために、地方公共団体(市役所や役場)が開局できるFMラジオ放送局のこと。管轄官庁である総務省も、当時は電話一本の申請で、すぐに開局を許可していました。

そして2011年5月17日、震災から2カ月後の初夏、南三陸町でも「みなみさんりくさいがいFM=通称・FMみなさん」という、小さなラジオ局がコールサインを発信しました。

映画『ガレキとラジオ』は、その「FMみなさん」が放送を続けていた10カ月間の様子を追いかけたドキュメンタリー映画です。

同じくメッセージフラッグです。
ちなみに私(石野)は知り合いの知り合いの名前を発見しました

ラジオ局のスタッフは、元サラリーマン、元ダンプ運転手、元劇団員・・・・・・など地元住民男女9人。
スタジオは総合体育館「ベイサイドアリーナ」の2階トイレの前。
身分は自給840円の臨時雇用職員。
もちろん誰ひとり、ラジオの放送になど携わったこともありませんでした。

そんな〝素人集団〟が、試行錯誤、暗中模索を繰り返し、四苦八苦、七転び八起きしながら、被災地の人々を結び合わせ、リスナーを獲得していき、クリスマス会や「出発式」といったイベントなども開催していく――というストーリー。というか実話。
同局のスタッフたちの奮闘を中心に、被災後の町で〝あれからの日々〟を懸命に生きてきた人々の日常を、涙あり笑いありのエピソードで綴っています。

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映画の全国公開は2013年春でした。
南三陸町では前年の夏、実は試写会が開かれたのですが、そのときは告知不足だったせいか、観客数はわずか百数十名でした。

「地元が舞台の映画だもの。地元の人たちにこそ見てほしい。もう一度。今度はもっと多くの人たちに――」
愛知県から南三陸町役場へ応援職員として赴任している篠原英明さんや、多くのボランティアの方々が中心となって、今回、「『ガレキとラジオ』を南三陸町で再び観る会」が開催されたのでした。

篠原英明さん(左)と佐藤仁町長

篠原さんと、『ガレラジ』の出会いのエピソードは、『ココロプレス』の過去記事
『出会いこそ支援。派遣職員大活躍!』
 http://kokoropress.blogspot.jp/2013/11/blog-post_331.html
を、ぜひご一読ください。

さて、この日の会場は、「FMみなさん」のスタジオも設置されていた町の総合体育館「ベイサイドアリーナ」です。
ちなみに「ベイサイドアリーナ」は震災直後、町の災害対策本部が置かれ、また津波から逃れてきた1500人もの方々が避難していた施設でもあります。

間もなく開演! 

この日の来場者は会場の定員いっぱいの480人。
映画上演はもちろん、元スタッフたちを交えたトークショー、スペシャルサポーターとしてやって来てくださった「ワタナベエンターテインメント」の所属タレント、歌手の皆さんによるコンサートなども行われました。

南三陸町へ駆けつけてくださった「ワタナベエンターテインメント」の皆さんです。
マルシアさん(中央)、泰万里子さん(マイク)、黒崎ジュンコさん、モノマネのあしべさん(帽子)、
奥村政佳さん(左)、そして「D-BOYS」の皆さん。
「D-BOYS」の皆さんは、上映時間中、別室で、町の子どもたちと一緒に遊んでくださっていました

スクリーンには、スタッフやリスナーのおばあちゃん、町の住民たち、子どもたちが過ごしてきた〝あれからの日々〟が生き生きと映し出され、会場には、時には笑いが起き、時にはそっと涙を拭う人も。

トークショーで、梅村太郎監督が
「震災後、ラジオから聞こえてきた佐藤仁町長の『町を助けてください』というメッセージを聞いて、自分に何ができるだろう、と考えたとき、自分にできることは映画人として『記録すること』だと思ったのです」

映画上映のあとのトークショーには、「FMみなさん」のスタッフも登場しました。
左から司会の宮島咲良さん、元ダンプ運転手で記者の和泉博文さん、
元サラリーマンでFMみなさんのリーダー工藤浩典さん、元自動車整備士でアナウンサーの芳賀淳さん、
映画『ガレキとラジオ』の梅村太郎監督、南三陸町の佐藤仁町長、
マルシアさん、泰万里子さん、アカペラグループ「RAG FAIR」の奥村政佳さん、俳優の土屋シオンさん

そして、
「阪神淡路大震災は、実は風化して行くのも早かった。東日本大震災もそうなってしまっちゃいけない。忘れずに、ちゃんと知ることが大切です。もうすぐ3年が経ちますけれども、でも、まだまだ僕たちは、被災地のために〝何か〟ができる。被災地を、南三陸を忘れないために、いつだって〝何か〟はできるんです――」
と語っていたのがとても心に残りました。

このあとは、お待ちかねのコンサート。
ワタナベエンターテインメントの皆さんによる、歌やモノマネによる楽しいアトラクションが、会場を盛り上げてくださいました。

ステキな歌や楽しいモノマネなどで会場はもう笑顔、笑顔

出演者の皆さんと記念撮影ができるプレゼント抽選会も行われました

『ガレキとラジオ』は、実は、映画館での上映は、もう終了しています。
しかし、「ぜひ観たい!」「もう一度観たい!」という声は、今もプロダクションに続々と届いていて、上映会は、日本各地で開催され続けています。

自分の町や地域で観たい、学校で子どもたちと観たい、学園祭で観たい、会社のみんなで観たい・・・・・・という方は、こちら→ 「ガレキとラジオ公式サイト」http://www.311movie.com/ から、
さらにこちら →http://www.311movie.com/screening.html へアクセスしてください。

『ガレキとラジオ』のウォールペーパー。
なお映画のナレーションは役所広司さん、
音楽はMONKEY MAJIKの皆さんです
目標は全国1000カ所での上映です。
震災を忘れない、南三陸を忘れない。
忘れずにいること。被災地の今を見に行くこと。まずは〝遊び〟に行ってみること。

そして、誰かと出会って、一緒に泣いたり笑ったり。

できることってまだまだたくさんあるんだ・・・・・・。
元気と勇気がもらえます。

出演者の皆さんと記念撮影。楽しいひとときでした

――震災直後の現地では、その景色、そこに暮らす人々に、カメラのレンズを向けることが何となくはばかられるムードがありました。
けれども、地元の方々は、デジカメも携帯電話も流されたり壊れてしまったりして「自分たちの町に起きた〝あの日〟こと、そして〝あれからの日々〟を記録できなかったことがひどく残念だった」とおっしゃっています。

左から、「FMみなさん」の元スタッフで映画の出演者でもある和泉さん、工藤さん、
(出演はしていませんが)佐藤仁町長、そして芳賀さん。
そして〝スクリーンの中にいた〟多くの皆さんです
映画『ガレキとラジオ』は、そんな大切な日々の記録でもあります。
映像が、記録が残されて、ほんとうによかった。
そうして私たちも、感動と勇気をもらうことができた。

そう思わせてくれる映画です。
『ココロプレス』もおすすめします。

あなたの町で、あるいは職場で、学校で、「『ガレキとラジオ』を〝もっと観る会〟」を、ぜひ開催してみませんか?

「ガレキとラジオ 公式サイト」 http://www.311movie.com/
「ガレキとラジオ Facebook」 https://www.facebook.com/garekitorajio

(取材日 平成25年12月22日)