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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2014年1月3日金曜日

2014年1月3日金曜日10:00
こんにちは、Chocoです。
先日に続いて、石巻市門脇で行なわれた「東日本大震災1000日追悼の灯火」のお話をしようと思います。

2013年12月25日水曜日
東日本大震災から1000日、3266の灯火 1(石巻市)
http://kokoropress.blogspot.jp/2013/12/10003266-1.html


この日は、雪は降らないものの冷たい風が吹き、冬の厳しい寒さを感じる夜でした。
そこには地元住民、ボランティア等、多くの人が集まり、1000日の追悼を行いました。

ここに集まった灯籠の数は3266個です。(実行委員会の調べ)
石巻市内の犠牲者の数に合わせて、灯籠に火が灯されました。
風の強い中、スタッフの方々が、灯が絶えないようにと灯籠を見て回っていました。




今回、その3266の灯火の中に1人のアメリカ人女性の灯があります。
アメリカバージニア州出身のテイラーアンダーソンさんです。
震災当時、24歳だった彼女は、2008年に来日し、外国語指導助手(ALT)として石巻の小・中学校で英語の教師をしていました。
震災当時、万石浦小学校にいた彼女は、怖がる生徒を励ましていたそうです。
そして児童を保護者に引き渡したのを見届けた後、自転車で帰宅最中に津波の被害に遭いました。

震災から1000日、
遠く離れた地にも、津波によって大切な人を亡くし、悲しんでいる人たちがいます。
アンダーソン夫妻もその中の1人です。
3266個の灯火を見つめていたお2人は、最愛の娘、テイラーさんを亡くしました。
異国の地、日本に移り住んでいた娘が帰らぬ人となり、深い悲しみがお2人を襲いました。
しかし、お2人は、それを強い意志へと変わっていきました。
それは、テイラーさんの日本を愛する遺志を継ぐということです。
テイラー・アンダーソンメモリアル基金を立ち上げ、震災後は、石巻を中心に本や本棚を学校や幼稚園に寄贈するなどの活動をしています。

今年の春には、テイラーさんのドキュメンタリー映画が公開されました。


                                                 Andy and Jean
"You inspire us and keep us moving forward.
 Our bonds helps us heal. 
 We send our love + hope to you +we thank you for your support.
 We will never forget our daughter + We will never forget you.
 Being here tonight has been a wonderful for bringing us all together tonight. 
 We wish you well.   Jean +Andy

 P.S. We look forward to seeing you again. We are with you everyday."
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(私たちはあなた方に会い、前を向いて生きていくという力を頂きました。
あなた方との絆は、私たちの心を癒してくれます。
私たちから皆さんに愛と希望を送るとともに、私たちへの支援に対し、感謝しています。
私たちは決して娘を忘れることも、皆さんを忘れることもありません。
今夜、この場にいることができて本当に良かったです。
このような機会をつくってくれたボランティアの皆さんに感謝します。
どうぞ、皆さんが元気でありますように。 ジェーン+アンディー

追伸、また皆さんに会えるのを楽しみにしています。私たちの心はいつも皆さんと一緒です。)





静かに流れる時間の中で、ろうそくの1本1本の灯火が大きな光となり、訪れた人々を優しく包んでいました。

1000日が過ぎ、東日本大震災から3度目の年越しが訪れます。
少しでも多くの命が助かるようにと、自分の命を落としてまでその強い意思を貫いた方々が犠牲となった東日本大震災。

震災から1000日、日和大橋のたもとにあった瓦礫や山積みになった車は、もうなくなっています。瓦礫や廃墟は殆ど解体されてきています。
住宅が密集していた場所は、もう更地になっています。
建物も新しく建ち始めています。

「節目・・・」
地元のお母さんは、そう語りました。
目で見えるモノは、少しずつ変化しています。しかし、ここに住む人たちには、まだまだ辛い現実の中にいます。

私も何度も何度も同じことを言ってしまいますが、
「だからこそ、笑顔で・・・」と前向きに進んで行こうと頑張っている人たちが本当にたくさんいます。
1000日が過ぎて、ここで多くの人々に出会うことができました。
辛い想い、苦しい想い、
前向きに頑張る姿、絶対もっともっと良い町にすると実行し続けている姿、
たくさんの方々が私に教えてくれたこと、
それは「生きる」ということでした。
朝、目が覚めて、「おはよう」と声を掛ける・・・。
夜、家に帰ってきて、家族と夕ご飯を食べる・・・。
何気なくしていたことが、とても大切に思えました。

「これからは、1日1日を大切にしよう・・・」
と、思うのですが、人間は忘れやすい生き物です。
私も忘れてしまっていました。

今回、3266個の灯火を見て、
「1日1日、その瞬間を大切にしていく」ことを、再び強く想いました。

(取材日 平成25年12月5日)