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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年12月15日日曜日

2013年12月15日日曜日9:33
こんにちは。kaiiです。
東日本大震災から1000日が過ぎました。被災地で復興に尽力する人たちはこの1000日をどのように感じてきたのでしょうか。

石油など燃料関係を主に扱っている株式会社気仙沼商会の代表取締役社長、高橋正樹さん。
気仙沼市の震災復興委員会などでもリーダーを務めています。
高橋さんの感じてきた震災から1000日について、お話を伺いました。



高橋さんは東京の大学を卒業後に、家族の希望もあり地元気仙沼に戻り「株式会社気仙沼商会」を経営しています。
震災の津波で気仙沼湾沿いに所有していたオイルタンク5つが流出。経営していた15事業所のうち13事業所が被災、自宅も全壊しました。

気仙沼魚市場前にあった株式会社気仙沼商会本社ビル
津波の衝撃で看板が曲がっています。
(平成25年11月18日撮影)

「震災から1000日。もう1000日かという思いです」

高橋さんは震災からの1000日を振り返りながら話します。
「震災発生から100日位は、とにかく生きることに精一杯でした。従業員の安否の確認。自分の家族や従業員の家族、取引先の方々の安否の確認をすること。沿岸にあった事業所の多くが被災したため、緊急車両や住民の生活のための燃料の確保に奔走しました。自宅も津波で全壊だったのでとにかく生きることに精一杯でした。

平成23年5月ごろ魚市場の再開の話が出てくると、関係者から「燃料をどうするのか」と尋ねられることが多くなりました。水産業の復活のために燃料の安定供給に取り組みました。震災から180日が過ぎた頃には『生きること』から『生き続けること』へと考えがシフトしました」


震災後3回目のカツオの水揚げ風景
(平成25年8月7日撮影)
---気仙沼市震災復興市民委員会のリーダーとして、「復興」についてどのように考えていますか?


「復興」はゆっくりした歩みですが前へと進んでいます。”復興が進まない”と言う方もいますが、私は、次の世代へ私たちの『すばらしい故郷気仙沼』を、震災前の通りの町に戻らなくても、できるだけ元の良さを取り戻した状態で引き継ぎたいと考えています」

「復興に向かって行く中で、市民1人1人に『復興のまちづくり』に興味を持ってほしいです。気仙沼の復興には復興を進めていく市民の意識とチームワークが大切です」

高橋さんは市民に、「復興」を傍観者として見ているのではなく、積極的に「復興」に関わることを促しています。

「夢を忘れない・思いをあきらめない」と話す高橋さん
(平成25年11月28日撮影)

---気仙沼はどんな町ですか。これからどんなことが今以上に必要ですか?

気仙沼は、「山と里と海」がうまく共存している魅力的で住みよい町です。学生時代に経験した都会の生活は”人の顔”が見えませんでした。気仙沼に帰郷して感じたのは「この町は人の顔が見える温かな町だ」ということでした。
 気仙沼のすばらしい食材や地域の中にある文化について、もっとたくさんの人に知ってほしいと考えています。その思いから、ライフワークとしてスローフード運動にも取り組んでいます。
 震災前には、「スローフードフェスティバル」を2回開催しました。平成19年に第1回の開催は冬の中山間地域の廃校舎を利用した開催でした。1万人の集客を目標にしました。「1万人の集客は難しい」との声もありましたが、目標の集客人数を達成しました。
 第2回は、震災直前の平成22年秋に気仙沼市の中心市街地で開催しました。この時も2万人の人が会場を訪れました。いずれも予想を上回る人が訪れ、観光客だけでなく地元の人たちの関心の高さを実感しました。

「山と里と海の町」気仙沼風景
気仙沼の一番のバックボーンはこのすばらしい「景観」と「自然」、そしてそこに育まれて来た「人」「生活」「文化」です。
この自然に支えられているすばらしい文化のある町をもっと発信していきたいと考えています。
気仙沼の復興のためにも、もっともっと情報の発信能力を磨く努力が必要だと思います。

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高橋さんは、「森と里と海」の町をつくるために、持続可能な環境を実現する石油会社を目指しています。
そのために、廃棄処理される木々や間伐材などの木質チップを活用したバイオマスエネルギーの事業に取り組んでいます。
バイオマスエネルギー事業の先進国でも原料とプラントは分業化されていますが、気仙沼で取り組もうとしている事業は、森林から原木を切り出して搬出し、それを燃料化するプラントまでを一体的に手手掛ける、世界でも例の少ない取り組みです。
稼動すれば日本で初めてのプラントになります。

「バイオマスエネルギー事業は『生涯に一度、私に課せられた機会』」と、高橋さんはこの事業に取り組んでいます。

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「自分ができることに一生懸命取り組んだ結果、自分を偲んで多くの人が葬儀に来てくれるような生き方、生きた証を残したいですね。津波で壊されたこの町を一つずつ作っていくのが『復興』。時間はかかりますが、すべてが知恵比べです」
と高橋さんは笑顔で話します。

安波山から望む気仙沼湾の風景

震災から1000日。
地域を見つめ活動をしてきた高橋さんの目には次世代へ誇りある故郷を引き継ぎたいたいという強い思いを感じました。


(取材日 平成25年11月28日)