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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年11月30日土曜日

2013年11月30日土曜日23:10

YUUです。

定禅寺通り沿いにある仙台市の複合文化施設・せんだいメディアテーク(以下・メディアテーク)。

2001年には、毎年およそ700点から1000点を超えるほど選定されるグッドデザイン賞の中から投票で選ばれるグッドデザイン大賞も受賞しました。

外側から内部の様子をうかがうことのできる全面ガラス構造。

初めて仙台の地に訪れて、この建物を見る人々は、意匠を凝らした外観も含め、柱の代わりに建物を支えるチューブに驚くようです。



初めて訪れた人が一様に驚く「せんだいメディアテーク」のチューブ。
採光やエレベーターを通す実用的な役割も果たしています
「デザイン的には地震の時など大丈夫かな、と感じる方が多いと思うんです。ガラス張りで柱もないし、梁もありません。ですが、建物内にはチューブが13本、4隅には大きな直径6~9メートルのチューブを配置しています。この4隅のチューブが特に建物の重さを支えて、耐震的な役割を果たしているんです」

せんだいメディアテークの庄司武夫管理係長は、同施設の建物の構造について、こう説明してくれました。

高層建築に使用されている分厚い床板は通常、頑丈な柱で支えられています。しかし、メディアテークはデザイン上、支柱をできる限り軽く、透明にすることが求められました。

そこで採用されたのが、小さな鋼管で構成されたらせん状のチューブ(格子)です。

4隅に配置された大径のチューブ以外の9本のチューブは、サイズはばらばらで、建物全体にさまざまな角度で不規則に配置されています。

耐震性も考慮され、大きさも向きも不規則に配置されているチューブ

一見すると、アーティスティックな意匠にしか見えなかったメディアテーク内に配置されたさまざまな大きさのチューブ。実は、このチューブこそが建物に構造的な強度と強靭(きょうじん)性を与えていると聞くと、正直、びっくりです。

「館内のチューブは、単なるデザインと思われる方も多いと思いますが、実は、大変、実用性に優れたものなんです。内部に光を採り入れたり、エレベーターや階段、配管、配線を通す役割も果たしています」

メディアテークを設計したのは、世界的に著名な建築家の伊東豊雄氏。

今年2013年3月には、毎年、世界中の建築家の中から原則1人だけが選ばれる、建築界のノーベル賞とも例えられるプリツカー賞を受賞しました。

定禅寺通りの並木道にマッチする「せんだいメディアテーク」の外観

定禅寺通りの並木道にマッチしたモダニズムの粋を極めたような建物は、その外観から感じる美しさだけではなく、大規模自然災害に耐え得る構造技術上の優秀性、先進性も兼ね備えていました。

気象庁の定めた最大値の震度7まで耐えられる構造設計。担当したのは建築構造家の佐々木睦朗氏。伊東、佐々木両氏が力を合わせたことにより、メディアテークは、伊東氏のデザインのビジョンを損なうことなく、公共的な建物に何より大切な、十分な安全性を備えた建物として誕生しました。

「メディアテークは年間約100万人の方が利用しています。半分強は図書館利用です。休館日は月に1回と年末年始の6日間ぐらい(年間17日)で、1日平均3000人ほどの利用者がいるんですが、3.11の地震の時に居合わせたのは300人程度でした」

マグニチュード9.0の地震発生時、メディアテーク館内の様子をネット上にアップした動画は異例の再生回数が記録されました。

7階のスタジオにいた人が撮影したらしいその映像は、画面上で見るだけでも、その激しい揺れの様子にめまいを覚えるほどでした。

震災直後のメディアテーク7階南側エレベーター付近の様子
(提供 3がつ11にちをわすれないためにセンターhttp://recorder311.smt.jp

建物は激しく左右に揺れ、7階の南側天井部分の一部が剥がれるように落下するなどの被害はあったものの、メディアテークは宮城県内の多くの建物を破壊した巨大地震にしっかりと耐え、基本構造が崩れることはありませんでした。

「建物そのものの大きな被害は7階の天井の南側部分が落ちたことと、3階図書館の内側ガラス部分の一部が壊れたことです。もちろん、外側から見えない建物のダメージは色々とありました。しかし、年配の方も含め非常に幅広い層の方が利用される公共施設で人的被害がなかったことが何よりのことでした」

3階の図書館では、書架は床に打ち付ける構造になっていたので倒壊することがなかったものの、収められていた20万冊ほどの本が散乱し、元に戻すためには図書館職員以外の職員も総動員しなければならないほどでした。それでも、庄司さんが話すように、一部とはいえ天井が落下して大きなけが人が出るようなことがなかったのは幸いでした。

メディアテークでは、利用者の多い大規模公共施設ということを踏まえ、火災訓練だけではなく、年1回の地震訓練も行ってきたそうです。しかし、3.11では今までに経験したことのない大きな揺れと長さだったこともあり訓練どおりにはいきませんでした。

「全てが訓練通りにいかなかったとはいえ、避難経路の確認など、防災訓練をきちんと行ってきたことが、大震災の時は有効に働いたのだと思います。想定を超える状況に対しても、対応できるためには、職員の防災意識の高さが求められるからです」

「これからも市民の交差点を目指して頑張ります」と話してくれた
せんだいメディアテークの管理係長・庄司武夫さん
宮城県民は約40年間の間に宮城県沖地震、東日本大震災と2回の巨大地震を体験しました。

あと100年後の事ですら、現在の科学では予測不可能です。

仮に100年周期に大きな地震が起こると仮定しても、その周期が短いスパンで連続で起こることだってありえます。どんなに建物の耐震、免震構造が優れているとしても、運営管理を行う職員の防災意識の発揚を促す定期的な防災訓練は、メディアテークのような施設においては絶対に欠かせないことでしょう。

震災後、メディアテークの部分開館が実現したのは2011年5月3日。

部分的に開館できるところを段階的に進めていき、天井が崩れた7階部分を含めた全館再開が実現したのは、翌年の1月27日でした。7階部分に関しては、天井の設計を見直し、軽量で耐久性のあるものに変更しました。

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図書館、ギャラリー・イベントスペース、ミニシアターなどが館内にあり、フランス語の「メディアを収める棚」にその名が由来するメディアテーク。

世界的建築家伊東豊雄氏の代表作と評されるその建物の造形が国外の人も含めた多くの人々の心を捉えたことも寄与して、開館間もなくして、仙台市のシンボルともいえる文化施設として称えられるようにもなりました。

その構造的特殊性は、多方面からの関心を集める一方で、専門的な構造建築の知識のない大勢の人々からすれば、大地震に耐え得る建築物なのかという不安もあったのではないでしょうか。

しかし、開業以来、都市のシンボルとも評されてきたメディアテークは、一部損壊があったとはいえ、マグニチュード9.0の巨大地震に耐え得る建造物でした。

今回は、震災時のメディアテークを振り返りましたが、後編では、震災後の文化施設としての歩みを紹介したいと思います。

せんだいメディアテーク
www.smt.jp

(取材日 平成25年9月28日)