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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年11月3日日曜日

2013年11月3日日曜日13:39
ココロデスクです。

ひと月ほど前のこと。仙台の定禅寺通りのケヤキ並木を歩いていると、1つの看板が目に入りました。

千葉蒼玄展 鎮魂と復活 PART II


「千葉蒼玄展 鎮魂と復活 PART II」。


墨汁を叩き付けるような筆致で黒々と書かれたその文字の衝撃に思わず歩みを止め、私はそのまま会場に引き込まれてしまいました。

会場の「せんだいメディアテーク」1階のオープンスクエアには、11点の大作が待っていました。





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「何をやればよいのか、初めは分かりませんでした」

震災の後に単身赴任先の東京から戻って故郷の惨状を目の当たりにした時のことを振り返って、書家の千葉蒼玄さんは、こう話し始めました。

「この歳では瓦礫運びや泥出しに携わろうにも体力が続かない。自分にできないことをやっても仕方がない……」


千葉さんは石巻市の出身。小学校4年生から書道を始め、大学を卒業して石巻市役所に就職してからも研鑽を積んできました。
「子どもが独り立ちして手が掛からなくなったら、いつか、書道一本で生きていこう。自分のやれるところまでやってみよう」
悲しいことに、その思いは息子さんを不慮の事故で亡くされたことを転機に実現します。
役所を辞して初めての個展を開いたのが48歳。今から10年前のことです。

その後、公益財団法人書道芸術院から声が掛かり、以来、事務局長として団体の運営に取り組みながら自らの書を追求してきました。



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その日---。
激しい揺れは東京・神田にある事務所にも伝わりました。
「すごい地震だ!」
幸い、石巻高校で養護教諭を務める奥さんの無事は確認できたものの、千葉さんがようやく石巻に戻れたのは震災後2週間近くが過ぎてからでした。

自宅までには津波は及ばず、ご実家も1階までの浸水で済みました。
ところが、大きな作品の保管を委託していた気仙沼市の表装店が流され、これまで書き貯めてきた作品は流失してしまいました。


しかし、「悲嘆に暮れているわけにはいかない」と、すぐに千葉さんは東京に戻ります。そして、被災した会員の支援と被災地を支援するための活動に取り組み始めました。


「とは言え、何をどうすればよいのか思い浮かばない。やれることは何かと悩んでいた時に、懇意にしている画廊から“チャリティー展をやりましょう”と声が掛かったのです。そうだ、芸術家としてやれること・やらなければならないことをやろう、と」

震災から3カ月もたたない6月4日、千葉さんは「鎮魂と復活」と題した個展を、東京の北井画廊で開催しました。
作品展示だけではなく、来場者の前で作品を書く「大席上揮毫会」も行いました。

北井画廊
http://www.kitaikikaku.co.jp/gallery

【開催報告】
千葉蒼玄展「鎮魂と復活」 2011年6月4日(土)~25日(土)
http://www.kitaikikaku.co.jp/home/event/gallerykitai/11_05/houkoku_chiba.pdf

3週間の会期で約1,000人の来場者があり、色紙9枚、はがき32枚、ポストカード68セットが売れました。その売上と義捐金を合わせた366,834円を、石巻市に寄付することができました。

「たくさんの支援を頂いたことももちろんありがたかったのですが、震災の事実を多くの方に伝えていくこと、情報を発信していくことにも大きな意義があるのだと、このとき実感しました」

以来、千葉さんは鎮魂の思いと復活の願いを込めて作品を書き続け、20を超える展覧会や揮毫の活動に取り組んできました。
2011年度のプロ野球東北楽天ゴールデンイーグルスのチームスローガン「真っすぐ」も、NPO法人いしのまき環境ネットが制作した復興祈念Tシャツ「礎」「がんばろう石巻」も、千葉さんの揮毫です。


礎プロジェクトTシャツ(販売終了)


礎プロジェクトはがきセット(NPO法人いしのまき環境ネットで販売中)


そして今回、宮城県での個展の開催が実現したのです。


「曙」


「3.11鎮魂と復活 連作」
長谷川櫂氏の歌集より




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会場の正面に、ひときわ巨大な作品がありました。

「3.11鎮魂と復活」

この作品「3.11鎮魂と復活」は、震災発生から1カ月間に新聞に載った震災の記事を一字一字書き写したものです。完成までには11カ月をかけたそうです。

幅9m×高さ3.6mとその大きさだけでも圧倒的ですが、それ以上に、それだけの長期間、集中を途切れさせることなく制作に向き合っていらしたことに心を打たれました。

近寄ってみれば、一つ一つの文字がさまざまな表情で出来事を伝えようとしていることが伝わってきました。

離れて眺めてみると、文章の塊が重なり、離れ、絡み合い、まるで寄せては返す波のようです。


「書いている間は写経のようなイメージでしたね。記録するというよりは、毎日文字を書いて行を積む そういうふうな思いが強かった。書といえば、一瞬の筆さばきで作品を書くのが普通ですが、このように長い日々をかけて文字を書き続けていくこともまた書の表現の方法だと考えています」

「ご覧になった方々の中には、涙ぐむ方もいれば、もう思い出したくないという方もいらっしゃることは事実です。それでも、記憶にとどめていかなければならないと思っています。写真のようにリアルな記録とは別に、2年半たった今の気持ちや感情を、書で記録したいのです」

「私が取り組んでいるのは前衛書です。文字を、日本語を使って、重要なことがらを心に響かせること、書き留め記憶に残していくのは大事なことです。そのような作品が、ご覧になった皆さんにとって活力になったり慰めになったりするのであれば、私たちが作品を作っていく意味があると思いますね。これからも、声が掛かればどこにでも行って、このような活動をやっていきたい」




千葉さんには、一つ夢があります。
それは、この「3.11鎮魂と復活」をどこかに収蔵して残しておきたいということです。

「なにぶんこんなに大きな作品ですから、普通の場所では無理なのです。先日ニュースで、宮城県が震災復興記念館のような施設を建設するという話を知りました。もしもそういうところから要請をいただけば、私はいつでもこの作品を寄贈させていただきます」

「私の知人に、石巻の大川小学校で教師をしていた娘さんを亡くされた方がいます。その方はこの作品の前に来て、文字を一つ一つ必死に読んでいました。どこかに娘のことを書いた記事があるのではないかと。まるで遺骨を探し集めるように、じっとご覧になっていました」
 ※北上川の河口近くにある石巻市立大川小学校では、児童74人と教職員10人が犠牲になりました。


「残していける場所さえあれば…… 私はこの作品を残して、みんなに見ていただきたい。見た方を勇気づけていきたいのです」

どこかに、千葉さんの夢がかなう場はないものでしょうか?


メッセージは「復活」


千葉蒼玄 公式サイト
http://sougen.xrea.jp/

ブログ SUMI_ISM
http://chibasogen.jugem.jp/


(取材日 平成25年9月14日)