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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年10月11日金曜日

2013年10月11日金曜日10:29


こんにちは エムです。

秋は作物が実る季節ですね。
秋の作物といえば日本を代表するもの “お米” でしょう。

震災では広大な面積の農地が海水に浸かり、お米が黄金色に実る秋の風景が見られるのは何年も先になるだろうと言われました。
ところが震災のあった平成23年度から新米を出荷していたところがありました。
その1つが今回取材をさせていただいた、
農事組合法人「仙台イーストカントリー」です。

6連式のコンバイン。刈り取りには絶好の日和でした。

「仙台イーストカントリー」のある神屋敷へ行ってみると、見渡す限りの田んぼは金色に色づき、刈り取りの真っ最中。震災があったことなど、夢だったかと思うくらいです。
作業を中断して笑顔で迎えてくださったのは、代表理事の佐々木均(ささき ひとし)さん。

「震災の跡は分からないでしょう? でもここも全部、2メートルくらいのがれきがあって、
 何カ月も敷地に入ることすらできなかったんだよ」。

何事にも動じない大会社の社長のような風貌の佐々木さんですが、震災では、作付けのために準備していた種もみや肥料、貯蔵していたお米をはじめ、大きな農業用機械まで流され、そのほとんどを失いました。
佐々木さんと義理の息子さんの洋幸さんを含む8名の構成員全員も被災しました。

(これでは何も作れない)

心底がっかりした佐々木さんは法人を解散し、家族が生活できるくらいの規模の野菜作りだけにしようと思ったそうです。

稲わらをバームクーヘンのように丸めるロールベーラーというトラクター
わらも畜産用の飼料として活用されます。

しかし、今の風景を見ればそうしなかったのは明白です。
何が佐々木さんを、再び稲作中心の農業に向かわせたのでしょうか。

その理由の1つは、経営面積の4分の1にあたる16ha(ヘクタール)の作付け可能な農地が残っていたこと。
それは88人の地主さんから委託されていた大事な農地の一部であり、自分の気持ち一つで止められない。そう思ったそうです。
奇跡的にビニールハウスがそっくり残っていたこと。さらに貯蔵してあった味噌だるの多くが流されずに残り、中の味噌も無事だったことも大きな要因でした。
その味噌は、佐々木さんのご両親の代から長年「神屋敷仕込み味噌クラブ」として作ってきたものだけに、うれしい気持ちはひとしおだったのではと推測されました。

築60年以上になる岩蔵。夏は涼しく冬は温かい。
味噌やお米を機械設備なしで保存できる

昨年作った味噌だるが並ぶ蔵の中。
大豆・麹・塩しか使ってない、おいしい味噌です

そうして重なった幸運が佐々木さんを後押しし、再びやってみようという気持ちになったのだそうです。
しかしそれだけではなく、ご家族への思い、他の構成員への配慮、地域の方々への責任、励まし力を貸してくれたたくさんの方々への感謝……など、懐の深い佐々木さんの人柄が、佐々木さん自身を動かしたのだと、お話を聞いて伝わってきました。

   
「ここまで水がきたんだ」
外壁の岩には跡が残っていました。

やると決めた佐々木さんは動きだしました。
3月末のことでした。

「他の構成員には、まずは基盤となる自宅をしっかりしてほしかったんだ」という理由から、初年度は佐々木さん、洋幸さん、構成員の1人である熊坂利美さんの3人でスタートしました。

5月上旬、JAに保管してあった種もみを近くの共同施設の協力で播種。4haの水田に植えたのは例年より遅い5月下旬でした。農機具がそろわないことから、その他の農地にはラジコンヘリコプターから直播を試みました。

ラジコンヘリによる湛水直播(たんすいちょくはん)の水稲。
遅目に種をまくので刈り取りも遅い。
自然な姿で成長するためか、とてもおいしいとのこと。
この方法はこれからも続けて行うそうです

次いで、作付けの許可のおりた2haの農地を自分たちで除塩。

「乾くと塩で真っ白になるんだよね。パリパリしてたな。そこに水を入れて
 土と混ぜては水を抜く。それを何回もして、植えても大丈夫な土地になったんだよ」

その2haの農地には味噌を作るための大豆を植えました。

同時期に始めたのが、敷地内のがれきの撤去。
たまたま遠くの農地で使っていて残った1台のトラクターを修理し、佐々木さんは1人で敷地内のがれきを片付けました。ようやく入れるようになったのは6月ころだったそうです。

迎えた収穫の時期を前に「東日本大震災農業生産対策交付金」などの助成が下り、大型農機器4台、乾燥調整施設(ライスセンター)の設備を整えることができました。
こうした大変な努力が実り、震災のあった23年度からの収穫に結びついたのです。

ライスセンター内。「もみ」を乾燥する機械

乾燥、脱穀、分別、袋詰めまでここでできてしまいます。
分別で出た小さいお米で麹を作っています

続く24年度には国の事業として除塩も行われ、農地は34haに。
今年25年度は55haにまで回復したそうです。

震災前でも「仙台イーストカントリー」が管理する農地は60ha以上あったそうですが、震災で農業を止める方から託される農地も増える傾向にあり、現在は70ha以上の農地を引き受けているとのこと。

佐々木さんはしかし、ただ単純に農地拡大を考えているのではなさそうです。

左から熊坂健蔵さん、佐々木洋幸さん。心強い若い後継者たちです。
後ろではコンバインで刈り取ったばかりの「もみ」をトラックに積んでいます

今、アジア諸国を始め海外では日本のお米が求められています。
「コシヒカリ」や「ひとめぼれ」といったブランド米だけに焦点を当て、より良い採算ベースで考えれば、タイやオーストラリア、北米など海外で栽培した方が日本で作る米より安く大量に提供できます。

「それでは、このきれいな日本の風景が失われる」と佐々木さんは言います。


大きなトラクターも魅力の1つ

後継者を育て、この水田のあるきれいな風景、おいしいお米が育つきれいな水を維持することが今後の農家の役割ではないかと。
それには今までのやり方を変え、若い世代が働きたくなる魅力的な環境にすることが大事だと考えておられるようでした。

そのやり方とは、1枚1haの大規模な水田に整備し、ばらばらだった農地を集約すること。
集約することによって働き易くも住み易くもなるし、きれいな水と自然が残り、それが水田を維持することにつながるのだそうです。この大規模農地整備計画はすでに国の事業として動き出しているとのことでした。

津波が奇跡的によけて無事だったハウス群。

当たり前のように日本に昔からあったきれいな水と田園風景は、佐々木さんのように5年後、10年後を見据え計画をする人がいないと、なくなってしまう危機に直面しているのかもしれません。実際に諸外国が注目しているのは、日本の水だということでした。

「きれいな日本は国策で守っていかなければならないものなんです」
佐々木さんの言葉が重く心に残りました。

私たち消費者はただ値段だけの基準で選んでしまうのではなく、安全か、体が喜ぶ美味しいものなのか、といった観点からも考え、賢く選ぶのが大事なのだと感じました。
そうすることで作る人だけではなく、私たち消費者もこの国の風景や農業を守ることにつながるのです。


左から佐々木均さん、熊坂利美さん、佐々木さんのご友人、庄子清一さん。
熊坂さんと庄子さんは構成員。みなさん仲が良いんですね


「理想を掲げて『夢を追いかける。
そうすればどんな困難な時もやっていける」

「海外の人は本物の日本食を求めているのだから、日本のお米を日本で加工して提供したい。これからはそんなシステムを作っていきたい」
「100haの農地が最終目標だね」

そんな計画から、6次産業の認定も受けています。
6次産業とは聞き慣れない言葉ですが、米、大豆、野菜のような農作物の生産、その作物を、おにぎり、粉、麺などに加工、農産物や加工したものを生産者が直接販売する。と、その全てに生産者が直接多目的に関わるものです。
先日お伝えした「おにぎり茶屋 ちかちゃん」は、その6次産業の販売部門だったのです。

神屋敷地区の田園風景と同じく、佐々木さんの夢はこれからも成長し続け、そしてまだまだ尽きないようでした。
「みーんなの支えがあってここまでこれたんだ…」。
佐々木さんは最後にこう言いました。



この大鍋で味噌用の大豆を煮る。

「仙台イーストカントリー」が作ったお米や味噌は「おにぎり茶屋 ちかちゃん」で扱っています。

2013年9月24日火曜日
地元七郷のお米を提供「おにぎり茶屋 ちかちゃん」(仙台市若林区)
http://kokoropress.blogspot.jp/2013/09/blog-post.html

また、直接購入したい方はFAXの申し込みが便利です。

連絡先/農事組合法人 仙台イーストカントリー
    仙台市若林区荒井字神屋敷224
    電話・FAX:022-390-6678


(取材日 平成25年9月19日)