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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年10月13日日曜日

2013年10月13日日曜日8:01
こんにちは。kaiiです。


解体前の第18共徳丸(平成25年9月7日撮影)


JR鹿折唐桑駅前に打ち上げられていた福島県船籍のまき網漁船「第18共徳丸」(330トン)の解体が、9月9日から始まり、約1カ月が経ちました。現在の第18共徳丸の様子をお伝えします。

鹿折地区に打ち上げられて2年6カ月。地域を見つめ続けた第18共徳丸(平成25年9月7日撮影)


第18共徳丸は、東日本大震災の大津波で気仙沼漁港から約750m内陸にある気仙沼市鹿折地区まで流されました。
船を所有する福島県いわき市の水産会社は、当初、「震災遺構」として保存しようとする気仙沼市に無償で貸す契約を結んでいましたが、「震災を思い出すから見たくない」という住民の声を受けて平成25年3月で契約を打ち切りました。6月には、北海道室蘭市の「NPO法人シップリサイクル室蘭」と解体契約を結びました。

平成25年9月7日撮影


解体の前日まで多くの人が共徳丸の写真を撮りに来ていました。

広島から共徳丸の絵を描きに来た広田和典さん(平成25年9月7日撮影)


震災後、共徳丸の姿を絵画に描いてきた広島県の画家さんは「私はこの場所に幾度も幾度も足を運び、この船を絵に描いてきました。この船が撤去されるというニュースを聞いて、最後にもう一度この船を描こうと思い、妻と気仙沼のこの地に来ました」と話しました。

広田さんの描いた第18共徳丸(平成25年9月7日撮影)


「東北はもう復興したでしょう? ……私は募金をしたから……支援をしたから……とこの地で起こったことを忘れてしまうのではなく、この土地の現状を同じ国民としてしっかりと知らなければならない」
「どこで起こるか分からない自然災害についてもっと自分のこととして考えなければならない。私はそんな思いをこめてこの場所でこの船を絵を描いています」
広田さんはそう話しました。

工事の安全を祈願する作業担当者(平成25年9月9日撮影)


9月9日の解体作業開始の日。
工事安全の神事の後、「NPO法人シップリサイクル室蘭」が船の周りに囲いや事務所などを設置しました。NPOの理事さんは「安全に工事が行われ、無事に完了することを祈っています。船体を含め90%はリサイクルされます」と話していました。

工事機械の搬入作業(平成25年9月9日撮影)

第18共徳丸から500m程離れた場所に住んでいるという、船員の経験のある三浦さん(82)は、
この船を見るとあの日の事を思い出しました。早くこの場所からなくなるといいです。船は海の上が一番いいのっさ」
と話しました。

9月20日の午後には、操舵室の撤去作業が行われました
操舵室撤去後の第18共徳丸(平成25年9月20日撮影)


9月23日からは船首や船尾などの解体が始まりました。
バーナーで切られていく姿は少し痛々しくも見えます。

船尾部分が解体された第18共徳丸(平成25年9月25日撮影)


330トンの大型船は元の大きさの半分よりも小さくなりました。10月19日までには、この場所は更地になるそうです。

解体作業の進む第18共徳丸(平成25年9月28日撮影)


船首、船尾部分の解体が進み船体が小さくなった第18共徳丸(撮影平成25年10月4日)
「船は海の上が一番いいのっさ」
共徳丸の解体の様子を見ていると三浦さんのその言葉が思い出されます。

解体前の第18共徳丸(平成25年9月9日撮影)
船首部分の解体作業が進み船名が確認できなくなった第18共徳丸(平成25年10月4日撮影)

震災の日に内陸に置き去りにされて2年6カ月。
共徳丸はこの地区の復旧の様子とたくさんの人の涙や学び、悲しみや祈りを見つめ続けてきました。

---「90%がリサイクルされます」
その言葉通り、新しい命としてまた大好きな海で仕事ができるのを共徳丸も心待ちにしているのかもしれないと思いながら、解体工事を見ています。

(取材日 平成25年10月4日)