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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年10月18日金曜日

2013年10月18日金曜日12:09
YUUです。

この場を借りてあらためて触れるのもなんですが、2013年の東北の大きなトピックスといえば、プロ野球東北楽天ゴールデンイーグルスのリーグ初優勝と、その原動力となった田中将大(まさひろ)投手の24連続無敗記録、岩手県久慈市を舞台にしたNHK連続テレビ小説「あまちゃん」の大ヒットが双璧かなと思います。

舞台が東北という以外、共通項がないようにも思える2つのメガヒットですが、個人的には多大な支持を集めたそれぞれの足跡には欠かせなかった共通する要因があると思っています。

それは、「主役を支える周囲の人々の素晴らしさ」。

田中将大、能年玲奈の主役2人は、確かに余人をもって代えがたい能力、魅力があったかもしれません。
ただし、今年、2人がそれぞれの舞台で一頭地を抜くほど光り輝いたのは、周りにいた人々が2人を際立たせる能力に優れていたから、主役に劣らない能力、魅力を備えた人々が周囲に配置されていたからではないでしょうか。

周囲を山に取り囲まれた「伯楽星」「愛宕の松」の蔵元、新澤醸造店の川崎蔵。
素晴らしい水源を維持するために、施設と周囲の山を同時に購入したそうです

冒頭の話題を振ったのには理由があります。

今回の記事で紹介する株式会社新澤醸造店は、宮城の地酒銘柄としてファンを増やしている「伯楽星」、「愛宕の松」の蔵元ですが、この2銘柄に共通するコンセプトは究極の食中酒

伯楽星の裏ラベルには、こんな説明文が記されています。

「『究極の食中酒』を意識し、一層食材を引き立てること、きれいで爽やかなキレを演出する事を大切にしています。繊細ながらも芯のある味わいをお楽しみください」


さまざまな地酒銘柄に精通し、「斗酒なお辞せず」の私の友人は、伯楽星を「食事をとりながら杯を重ねるごとにうま味が増すお酒」と評します。


新澤醸造店の商品ラインアップ、究極の食中酒を目指す伯楽星は
食にこだわる仙台・国分町の飲食店でも人気上昇中の銘柄

お酒と料理は決して主従関係にあるわけではないと思いますが、互いを引き立てる役割分担としては、料理が主役を務めるケースが多いかと思います。

究極の食中酒=主役の魅力を際立たせるキラリと光る名脇役。

伯楽星、愛宕の松は、そんな蔵元の思いが込められ、醸されたお酒です。

「日本酒、特に特定名称酒の市場全体がインパクトのある香り、主張が大きいお酒が主流となっていたなかで、あえて真逆のコンセプトで美味しいお酒を造ろうという考えで、2002年から蔵の新銘柄として伯楽星の造りを開始しました」

こう説明してくれたのは、(株)新澤醸造店の杉原健太郎専務取締役。

酒名は、馬の目利き(伯楽)が育てた名馬が天に昇ったという、三本木に残る伝説に由来するといいます。


震災後、新しく建てられた大崎市三本木の新澤醸造店本社

新澤醸造店本社の所在地は宮城県大崎市三本木。

2006年に1市6町の広域合併により大崎市が誕生する以前は「三本木町」だったかの地で、およそ140年にわたり酒造りの歴史を育んできました。

伯楽星を生み出してからは、FIFA・W杯南アフリカ大会オフィシャル酒、日本航空のファーストクラスに採用されるなど、年を追うごとに地酒銘柄としての浸透度が増してきていました。

そうしたなか、マグニチュード9.0、世界史上4番目の規模だった東日本大震災は、明治6年建造の三本木の蔵に壊滅的な打撃を与えました。


「蔵全体はかろうじて倒壊こそ免れましたが、柱が傾くなど全体が歪み、土台そのものが斜めになってしまったことで全壊判定を受けました。冬に仕込んだばかり、3つの蔵を合わせて数万本の酒瓶が割れてしまい、大型タンクで熟成中だった6000リットルℓの酒も震災後の停電の影響などで管理不足になり、そのほとんどが廃棄処分にせざるを得ませんでした」(新澤醸造店・杉原専務)





東日本大震災後、数万本の瓶が割れてしまったという蔵の惨状

大地震は、歴史ある蔵に対して最終的に取り壊す選択に追い込む惨状を与えたばかりか、蔵に寝かせていた1年分の売り物の7割を駄目にしてしまったといいます。

2008年に起こった岩手・宮城内陸地震でも三本木の蔵は大きな被害を受けています。東日本大震災によるさらなる打撃によって、蔵を完全に取り壊して新造するか、長く根付いてきた土地を離れ移転するかの決断を迫られることになりました。

「蔵全体を建て替えるとなると数億円の資金が必要とのことでした。しかも工事期間中は何もできない。一方で、地元との繋がりを断つことはできないというジレンマもありました」

酒造業ではそれぞれの土地に根付き、歴史を積み重ねてきた蔵がほとんどだといって過言ではないでしょう。近年は海外輸出なども積極的に行ってきた新澤醸造店も例外ではありません。

蔵で働いてきた人々のほとんども地元三本木で暮らしていました。

「これまでの蔵にはもちろん愛着はありましたし、蔵と土地は一体という思いもありました。一方で建物の老朽化は激しく(例えば、段差がすごい)、導入したい設備も電力が足りなくて入れられないとか、設備拡充の面などで限界も感じていました」


2000石以上作れる蔵として建てられた「川崎蔵」

震災後より数カ月、新沢巌夫社長以下、ジレンマを抱えながら、蔵の建て替えか移転かを検討していました。そうした時期、三本木の地より約70㎞離れた川崎町に、廃業を決めた天賞酒造の蔵が売却物件となっているのを見つけたそうです。

「廃業された天賞酒造さんとは特別のお付き合いがあったわけではなく、不動産業者の物件として川崎蔵が売りに出されているのを知りました。2000石(約36,000リットル)以上作れる蔵として建てられていて、蔵内の動線もかなりゆったりと作られている。ここでなら思い描いたていたことが実現できると考えました」

山形県との県境にある川崎蔵は山あいにあって、酒造りに欠かせないたいへんきれいな水がふんだんに使えます。今後、石高を増やしたり、新しいチャレンジをしていく上で十分な規模の既存施設だったことも、新沢社長が最終的に蔵の移転を決断した大きな理由だったそうです。

地元との繋がりを断つわけにはいかないというジレンマは、本社機能をそのまま三本木に残すことで解決しました。

別棟になっている製品置き場、出荷作業場も、天井が高く、広々としたスペースに

杉原専務から蔵の移転の経緯を聞くと、たまたま格好の建物が空いていたからという消極的な理由ではなく、施設や水を含めた周辺環境を考慮し、新しいステップ、挑戦を志すためには最良の選択が川崎蔵だったとのかなと感じました。


後編では、川崎蔵移転後の話、新澤醸造店の取り組みについて紹介したいと思います。


株式会社新澤醸造店 
宮城県大崎市三本木字北町63
TEL 0229-52-3002

川崎蔵
宮城県柴田郡川崎町大字今宿字子銀沢山1‐15


(取材日 平成25年9月25日)