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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年9月17日火曜日

2013年9月17日火曜日15:39
kaiiです。秋風を感じるころになりました。

東日本大震災から2年6カ月。
JR鹿折唐桑駅前に打ち上げられていた福島県船籍のまき網漁船第18共徳丸(330トン)の解体が、9月9日から始まりました。


解体作業の始まる第18共徳丸


第18共徳丸は、東日本大震災の津波で気仙沼漁港から約750m内陸の気仙沼市鹿折地区まで流されました。
船を所有する福島県いわき市の水産会社は、当初、「震災遺構」として保存しようとする気仙沼市に無償で貸す契約を結んでいましたが、「震災を思い出すから見たくない」という住民の声を受けて平成25年3月で契約を打ち切りました。6月には、北海道室蘭市のNPOと解体契約を結びました。



気仙沼市が7月に市民に行ったアンケートの結果でも、「保存が望ましい」とする回答は16%にとどまりました。


震災後、気仙沼市を訪れた多くの人がこの船の前で震災犠牲者への哀悼を捧げ、大津波の威力と破壊力の大きさと怖さを心に刻みました。




「船は海の上にあるものであり、陸にあってはいけない。陸にある時間が長くなると腐食が進んで危険だ。共徳丸を支えている支柱も地面にめり込んできているから大きな地震がきたら倒れたりしないか不安だ」
という声も地元の人からは最近は聞かれていました。

少しずつ地面に支柱がめり込んでしました


震災直後の共徳丸はガレキの中に聳えていました。
「この船倒れてこないよね?」
そんなことを話しながら、黒焦げの瓦礫に囲まれた共徳丸の前を歩きました。
警戒任務に就いていた自衛隊の隊員に「危険ですかあまり近くに行かないように」と誘導されたこともありました。



 第18共徳丸は、気仙沼市の震災からの復旧の状況や人々の涙や祈りを2年6カ月にわたり静かに見守り続けてきました。その時間も終わりの時を迎えています。

花の向こう側の第18共徳丸(平成25年6月撮影)


9日から始まる解体作業は40日ほどで完了する予定です。


(取材日 平成25年9月5日)