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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年8月9日金曜日

2013年8月9日金曜日14:56
こんにちは、Chocoです。
今回は、先週の日曜日午後12時28分、宮城県沖でマグニチュード6の地震のときの話をしようと思います。

石巻市は震度5強でした。
2年前3月11日14時46分に発生した地震は、モーメントマグニチュード9.0、石巻市の震度は6強でした。
場所によって、揺れの感じ方は異なりました。
車を走らせている人は、地震だと気付かなかったと言います。

仙石線は、地震の影響で、陸前小野~石巻駅間の上下線で
発生時から夕方5時頃まで運転を見合わせていました。


そのとき、私は、よく顔を出す仮設住宅の外にいて、地元のお母さんとお話をしていました。
小さい揺れが始まり、次第に強くなり、仮設住宅や車がカタカタと揺れていました。
その方と手をつかみ合いました。

「震度5くらいか・・・」
「久しぶりに強いのが来たね・・・」
と、地震が収まった後、2人でホッと一息つくや、彼女はサッと歩き出しました。
仮設で知り合った一人暮らしの年配の方のお宅へ向かったのです。

「大丈夫だ~??」
そうして、何軒か、声を掛けていました。
「あの人一人暮らしだから・・・」
隣人への気遣いが見えた瞬間でした。

そこの仮設住宅団地の住民は、石巻市内の避難所から抽選で振り分けられて住んでいます。
町の中心部にある仮設や、収容数が多い仮設は特に、住民の出身地はバラバラです。
そのため、震災後から新たに近所付き合いを始めなければなりませんでした。

2年半がたち、ここでは積極的に近所との交流をしている方々が増えてきました。
多くの方々が新しい環境の中、気遣い合い、助け合い、現在も仮設住宅に住んでいるのです。

今回、1人のお母さんの行動を共にして、地元の人同士が、今も励まし合い続けている姿をあらためて目にしました。

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震災から約2年5カ月。
建物が解体され、新しい建物が建ち、道路が補修されています。
さまざまな復旧が進んでいますが、地元の人々の生活はほとんど変わっていないのが現実です。

早く故郷へ帰りたいのに、帰ることができない人。
住宅を再建したいが、費用が掛かると頭を抱えている人。
住む場所もまだ決まっていない人・・・・・・
多くの問題がここには残っています。
 その問題に皆さんは日々、立ち向かっています。
そういう姿をここに住む私は日々、見てきました。

「時間」は、すべての人にあります。
その中の日常も同じように流れています。

ここに住む人々は、大震災のときの記憶、感情が、常に心の中にあります。
そして、その次に日常が流れています。

その事実を、地元の人たちに寄り添いながら、これからも発信していこうと思いました。


(取材日 平成25年8月4日)