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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年6月4日火曜日

2013年6月4日火曜日15:29

えみです。

昨年ノリノリに盛り上がった浦戸諸島桂島の「のりフェスティバル」が、今年も行われました。

このフェスティバルは、東日本大震災で被害が大きかった浦戸諸島の人々の復興の思いを込めて、昨年に続き第2回目の開催となります。

「のりフェスティバル」会場となった桂島までは、仙石線本塩釜駅徒歩10分弱のマリンゲート塩釜から市営汽船が出ています。





船乗り場には出発時間になるとたくさんの人が乗り込んできました。


桂島までは塩竈市営汽船でおよそ30分で到着です。
増便した船には大勢の人が乗り込みました。
船乗り場にはご当地ヒーロー
タガレンジャーがいました。
































船から牡蠣の養殖風景も見えました。









穏やかで天気恵まれ、桂島に到着です。

むすび丸のお出迎えです。














5月26日、天気にも恵まれ大勢の人が船から降り、「のりフェスティバル」会場に集まりました。


  今年で2回目になる「のりフェスティバル」は島の復興を願い、地域の人たちが主体となり、ボランティアの方たちと一緒に作り上げました。たくさん美味しい海苔料理を食べて楽しんで帰ってください。

という司会者のあいさつでフェスティバルはスタート。



フェスティバル会場はたくさんの人でにぎわいを見せていました。






手書きの「のりフェスティバル」スケジュール表。


GENkidsによる☆のりのり塩竈ダンス



多賀城出身GAMISMによるヒップホップ

観客の皆さんも多いに盛り上がっていました。


浦戸海苔が入っているのりのりパン。

浦戸海苔がたくさん入ったパンの数々。


マグロと生のり特製汁











美味しいのりで!みんな笑顔。
のりのりクッキーを販売していました。
お隣の島。野々島から来ました。
わかめのつくだ煮を大きな声で売っていました。
海苔パンにのせたマグロのタルタル仕立て

頑張れ、浦戸諸島!
地元塩竈のお酒。阿部勘酒造店。





塩竈浦戸復興のりを売っていた
ボランティアの方と地元ののり養殖業の方たち。


島のおいしい食べ物をたくさんの人にたべてもらえるように
浦戸諸島の特産品を使った料理を紹介しています。
今日はキッチンカーでのりのり丼を出していました。


「ノリの生産が真っ盛りの3月に震災が起きてたため、その年のノリ養殖業は大打撃を受けました。ノリを加工する機械も津波で壊れてしまい新しい機械を取り入れたのですが、機械を使いこなすにも時間がかかり生産量は上がりませんでした」
「今は徐々に上向き傾向ですが、まだ震災前の半分の出荷量です」
「今後の目標は浦戸のノリのブランド化です。全国の皆さんに浦戸のノリを食べたもらいたいです」

と、浦戸諸島桂島でノリの養殖業を営んでいる内海洋倫さんが力強く話してくれました。


浦戸諸島桂島で海苔の養殖業を営んでいる内海洋倫さん。
塩竈浦戸復興のり
     浦戸諸島は2度の津波の被害にあいました。
それでも、浦戸の海の男たちは力と力も合わせ、立ち上がりました。
 津波に絶対にまけない、力と愛の結晶を込めた塩竈浦戸復興のりです。






塩竈の歌姫、asariさん。
震災後、地元塩竈のことを思い作った歌「塩竈桜」を歌ってくれました。

今年から登場しました。海苔レンジャー!
多いに盛り上がり、観客の皆さんは大喜びでした。


松島高校ダンス部による迫力あるダンス。
私たちのダンスで浦戸諸島を盛り上げたいです。

祭りでみんなひとつに!
のりフェスは復興祭として来年、再来年も続きます。
浦戸諸島へ多くの人が来てくれますように!
しおがま文化大使でもある、のりフェスティバル実行委員の畑中みゆきさん。


フィナーレは全員で「のりロック」の大合唱。
海苔は海の贈り物 のーりのり ♪♪♪


浦戸諸島は4つの島々からなっています。「のりフェスティバル」会場となった桂島は65歳以上の高齢化がすすみ、人口は約400人。浦戸諸島の中では最も人口が多い島です。

2年前の大震災の大津波では高さ10メートルの津波が襲い、住宅の半分が損壊しました。

しかし、驚いたことに亡くなられた方や行方不明の方は1人もいなかったそうです。

取材した日も島民同士が道ですれ違う時に全員名前を呼び合っていました。
桂島の住人は全て、顔見知りなのだなと驚きました。

震災での被害が大きかったにもかかわらず、亡くなられた方や行方不明の方が1人も出なかったのは、こうした昔から島民同士が顔見知りであり、絆の強さがあったからなのでしょう。

桂島の人々は自分の船を所有しており、
塩竈市のスーパーまで自分の船で買い物に行くそうです。
(知りませんでした!)

島の人々は常日頃から助け合いながら生きており、団結力があります。
そして「強い地震が来たら、津波が来る。高台に逃げる」という習慣は桂島の人々に根付いていたのでしょう。
小さな島だからこそ、当然かも知れませんが、地域の人と顔見知りになっておくことは私たち地域社会でも最低限必要なことです。
災害が起きてから一番頼りになるのは遠い親戚よりも近所に住む知り合いだということを震災で学んだ人は多いと思います。

浦戸諸島の人々に学ぶべきところがたくさんあると感じました。



浦戸諸島桂島での復興祭「のりフェスティバル」は来年も再来年も続きます。

島の人々の心の温かさを感じ、また島民同士の絆の強さを実感した取材でした。
ぜひ、海がきれいな浦戸諸島へ遊びに行ってみてください。
私たちが忘れかけていた大切なものが見えてくると思います。







(取材日 平成25年5月26日)