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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年5月13日月曜日

2013年5月13日月曜日13:30

石野葉穂香です。

国道の脇に立つ気温表示板が「5度」を示していた5月7日の午後2時半頃、冷たい雨が降る南三陸町志津川の道の上を、ギターケースを背負って歩く男性がいました。
 
車で追い越し様に見ると、真っ黒なギターケースのトップに「日の丸」、そして「3.11」「心はひとつ」という文字が。
さらに、ザックには「日本縦断 徒歩 歌い旅/北海道3.11宗谷岬 → 鹿児島8.18佐多岬」とも書かれています。
 


 えっ? 北海道から鹿児島まで徒歩で旅行?
 しかも“歌い旅”? ……この人、いったい何者?
 
先回りして車を止め、唐突とは思いながらも、声を掛けさせていただきました。

 ――突然すみません。「ココロプレス」と申しますが……。
「取材ですか? ええ、大丈夫ですよー」
力強くてやさしい声。がっしりと大きな身体に載った人懐っこい笑顔が弾けました。

「はじめまして。“むらなが吟”と申します」
 
「今日は冬の装備で歩いてました(笑)」

むらなが吟さんは1957年生まれの56歳。名古屋、東京などを拠点に活躍するプロミュージシャンです。
ご出身は、岐阜県下呂市。童謡や唱歌に登場する日本語の美しさに惹かれて歌い始め、16歳から音楽活動を開始しました。19歳で自衛隊に入隊して軽音楽同好会を設立。除隊後、2001年には渡米して、グレッグ・オールマン、スライ・ストーンのバックメンバーらとレコーディングを行うなど活動の場を広げ、2002年から4年間は、NHK-FMのパーソナリティも務められました。

今でも年間200日以上、全国を旅してライブ活動を続け、また、福祉や教育関係でのコンサートなど講師としても幅広く活動中……と、実にパワフルな方です。
 
 ――どうして歩いて旅をされているのですか?
「いちばん多い質問です(笑)。歩くことで多くの人に出会えます。“車で来ました。歌います。帰ります”ではなく、自分で見て、聞いて、調べて知って、感じたことを“生の声”で伝えたいんです」

志津川入りの前日、同じく南三陸町の伊里前でお昼休み中
(撮影/平山智美さん)

吟さんは、震災後の2011年7月、釜石市でコンサートを開きました。そのときに出会った被災者のおばあちゃんにもう一度歌を届けたいと思い、翌2012年、名古屋から1000㎞、3月11日にスタートして43日間、釜石まで歩いて来たのだそうです。
「歌を届けに歩いて来ました、って言いたかった」

今回の「徒歩 歌い旅」は、今年3月11日、北海道の宗谷岬からスタート。
北海道では“爆弾低気圧”に遭遇したりしながら、4月18日、大間崎に上陸。北三陸で桜前線とすれ違い、5月6日、南三陸町の伊里前(歌津)に入り、今日、志津川までやって来ました。

4月28日、岩手県山田町で桜前線とすれ違い
(撮影/平山智美さん)

「今回は、国道から脇に入って小さな漁港も訪ねたりしています。大きな街のことは報道されても小さな集落のことは分からない。現実を知りたいし、被災者の方が求めていることを知りたい。そしてそれを“歌”や“言葉”で伝えて行きたいんです」

――1日に歩く距離は?
「ムリをしないで平均24㎞。多い日でも30㎞ほどです。インソール(中敷き)をあれこれ換えたりしながら歩いてます。テーピングも欠かせません。でも、やっぱり足は痛いですよ。実は今、“疲労骨折中”です、たぶん(笑)」

――周りからはどんな声を掛けられますか?
「これが、はっきりしてまして(笑)。被災地以外では『がんばれ』。でも、被災地では『よく来てくれた』『ありがとう』なんですよね」

ボードの言葉は旅のテーマ、
そしてすべての日本人へのメッセージ

「南三陸は、実は、最初に訪ねた被災地なんです」と、吟さん。
「2011年の6月、登米市から峠を越えて志津川に入りました。今でも忘れられません、急に景色が変わり、多くのガレキが横たわったまま広がる街の風景は――」

今はガレキも片付けられて、
がらんどうになった志津川の街
(撮影/平山智美さん)

その時、いち早く営業を再開していた「おおもり食堂」で食事をして、ご主人の渡辺清吾さんと出会い、その“ご縁”で、この日のミニライブ会場は「おおもり食堂」さんです。
旅をしながらのライブ。北海道でも11回のライブを行いましたが、それはプロとしての通常の活動で、被災地ではすべて無料。東北では6カ所ほどで開催の予定です。

「おおもり食堂」さんも津波で流されましたが
今は震災前と同じ場所で営業中です!

大漁旗の前でミニライブ
気取りのないカジュアルな“音楽空間”。
この日は18:00から23:00までで6曲を歌い、
残りの時間はほぼ宴会でした(笑)

吟さんには、マネージャーの平山智美さんが運転する“機材車”が同行しています。
どこでもライブができるように発電機も積み、アンプ、PAなども運びます。
車中で宿泊することもあるとか。

――平山さんは、吟さんの旅に同行されて、いかがですか?
「同行といっても、ずっと“伴走”しているわけではなく、先回りしてステージをセットしたりいろいろ。でも、たくさんの人と出会えるのは楽しいし、嬉しいです」
「彼女、被災者のお話し聞いて、よく泣くんですよ(笑)」(吟さん)
「すごく貴重な体験をさせてもらっています。誰にでもできる経験じゃないですよね」

後列左から。
愛知県から南三陸町役場へ派遣されて来た篠原英明さん、
吟さんと久しぶりに会ったという斎藤和生さん、そして吟さん。
二列目は石材店の鈴木隆志さん、オカリナ奏者の小野寺久幸さん。
前列は吟さんのマネージャー・平山智美さん、
そして「おおもり食堂」ご主人の渡辺清吾さんです。

「歩いているからこそ、多くの人と出会い、たくさんの縁も生まれる」

そう。吟さんが歩いていたからこそ、私は“素敵な出会い”をさせていただきました。
歌も素敵でした。吟さん、平山さん、ありがとうございました。
 
ライブの翌日は晴れ! 春陽の下、志津川を出発。
南へ、南へ。まだまだ旅は続きます
(撮影/平山さん)

吟さんの「徒歩 歌い旅」の行程は約3600㎞、161日間。
まだ3分の1が過ぎたばかり。
佐多岬の到着予定は8月18日。その後も、八重山諸島のはじっこの波照間島まで、旅はずーっと続くそうです。
 
成人男性の一歩が約70㎝ならば、3600㎞は、ざっと514万2800歩。
 
ゴールまで、交通安全と健康第一で、どうぞお気を付けて。
素敵な歌を、たくさんの人に届けてくださいね。

私もまた、佐多岬へ取材に駆けつけたいと思います(!?)。

(取材日 平成25年5月7日)