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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年5月1日水曜日

2013年5月1日水曜日14:54
こんにちは。kaiiです。
kaiiは気仙沼に住んでいますが、大島にはなかなか来る機会がありませんでした。
大島の魅力をたくさんの方に伝えたいのですが、そのためにはまず自分が知らなければと思いました。
でも、大島の遊歩道を1人で散策する自信はありません。そこで大島で支援活動を続けているNPO団体「つなプロ」の皆さんに道案内をお願いしました。


その1
http://kokoropress.blogspot.jp/2013/04/1.html

その2
http://kokoropress.blogspot.jp/2013/04/2.html


道案内をしてくれたつなプロのメンバーに、「初めてこの道を歩くの?」と聞かれました。

気仙沼に住んでいながら、大島の遊歩道の存在を知りませんでした。


大島に来たのは3回目という吉田凌くんと祖母の久仁子さん(72)と一緒に、つなプロのメンバーの道案内で気仙沼市大島の新王平運動場の近くから龍舞崎展望台まで、約5kmの遊歩道を散策しました。




新王平運動場の近くの道端にはたくさんの春の花が咲いています。

スイセン

タンポポ

オオイヌノフグリ
新王平運動場から遊歩道を10分程歩くと海岸線に出ました。
前日の低気圧の影響で少し波が高く防波堤を波が越えて、しぶきを上げていました。



震災の時、大島には島の中央部東側の田中浜と、同じく西側にある浦の浜の両方から津波が迫りました。
島の中央部はくびれていて標高も高くはないため、両側から押し寄せた津波は陸地を乗り越えて合流したそうです。
その様子を「大島が2つに割れた」と伝えた人もいました。

海岸の奥にまだ残る瓦礫を見つけた時には、その時の大島の様子に心を寄せました。
大島がこれほどの衝撃を受け止めてくれたおかげで、気仙沼の市街地の津波被害がいくらか抑えられたのかもしれません。

「まだ残っているんだね。大島に気仙沼は守られたと思っているの、島の人たちなんぼおっかなかったんだべね」
遊歩道を歩きながら久仁子さんも話しました。


松林の中の遊歩道には、松ぼくりがたくさん落ちていました。子どもの頃「松ぼくり爆弾」と称してぶつけて遊んだことを思い出しました。その頃は自然が友達でした。
植物を見たり、松ぼくりで遊びながら遊歩道を進むと目の前に太平洋が広がっていました。


1時間ほど歩き、龍舞崎まで1.2kmほどのところでお弁当にしました。
ハイキングにはお弁当。太平洋を眼下にして食べるお弁当は格別な味がしました。
「外で食べるお弁当はおいしいね」
みんなでおむすびを頬張りました。


お弁当を食べた場所の近くには、小さなスミレの花やマムシソウが咲いていました。



龍舞崎まで約1kmの場所にはテーブルとベンチが設置してあります。
おいしいコーヒーで休憩です。
見上げた松の木の天辺に鳥が巣を作っていました。


「大きな鳥の巣だな?どんな鳥の巣?ウミウかな?カラスにしては大きいな」と巣を見上げて話しました。海の上に突き出した松の木の天辺まではのぞきに行けず残念でした。


「お弁当を持って出掛けるのも良いけれど、自然を楽しむなら米と水だけを持って来て、山菜や自分で釣った魚で食事を作って食べると自然や命に感謝できるよ。整った当たり前の中では気がつかないことに気がつくことがたくさんあると思うよ」
つなプロの川崎さんが話しました。


松の林の向こう側に広がる太平洋の美しさと林の中から聞こえる鳥の鳴き声を聞きながら遊歩道を歩いて、目的地の龍舞崎に無事到着しました。




龍舞崎では道祖神に無事到着を感謝しました。龍舞崎の道祖神には「子宝と縁結び」のご利益があるそうです。

大島を知りたいと散策に出掛けてみて、「近くこんなにきれいな場所があったんだ」と感動しました。
自然の雄大さに言葉にはできない感動がありました。
今回は大島の南東側の遊歩道を歩きました。次回は北東側の遊歩道を歩いてみたいと思います。

「灯台下暗し」

そんな言葉が私の心の中を去来しました。


(取材日 平成25年4月22日)