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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年4月8日月曜日

2013年4月8日月曜日14:22
気仙沼でも少しずつ春を感じられるようになりました。
kaiiです。

津波で大きく地盤沈下した岸壁の復旧工事の進む大浦漁港

春になると気仙沼市鹿折地区の海岸部ではコンブの天日干し作業が始まります。

コンブ・ワカメの筏が浮かぶ気仙沼湾(小ヶ汐付近)


気仙沼市鹿折地区でコンブ養殖が始められたきっかけは、昭和50年代から冷水やワカメの穴あき病、ノリの大不作などで養殖生産物を取り巻く生産条件が変化したことでした。
そのため、病気に強いコンブの養殖が始まったのです。


竿で天日干しされる昆布(干し始めて2時間後)

昆布の種は、前年の10月中旬ごろに仕入れられます。
仕入れられたコンブの種は養殖漁場で1週間ほど水に慣らしされてから、筏に本養生されます。


天日干しを始めて半日ほどのコンブ

コンブは本養生から4カ月ほどで収穫期を迎えます。
本養生を始めた時には数センチしかなかったコンブは、4カ月ほどで2m~4mほどに成長します。
本養生されたコンブは1月下旬ごろから間引きの作業が始めら、2月下旬ごろから天日干しの作業が始められます。


褐色のコンブは天日に干されると緑色になります

この地域のコンブの筏は、2010年のチリ地震、2011年3月9日と、2年連続で津波の被害を受けていました。
そこから復旧する間もなく、2011年3月11日の東日本大震災の大津波で壊滅的な被害を受けました。

コンブの選別作業

過疎高齢化の進んでいた地域は東日本大震災の津波で大きな被害を受けただけではなく、住民も激減しました。
コンブを養殖していた漁師の高齢化と後継者の不足、施設の復興に多額の資金が必要になることなどの問題があり、この地域で養殖していた人は半分ほどに減りました。

天日干し作業2日目のコンブ

海から水揚げしたコンブを竿にかけ、幾度も手返しという作業を繰り返しながら数日間、天日干しをします。
褐色だったコンブは陽の光を浴びると緑色に変わります。
乾いた昆布は黒味を帯びた茶色になり、表面には白い塩が浮かびます。

乾いたコンブの表面には白く塩とうまみ成分が現れます


干し上がったコンブを15cmほどの俵型に束ねて、50個1束で出荷します。
出荷されたコンブは、気仙沼産「握り昆布」「早煮昆布」「俵昆布」などの名称で全国に販売されています。

コンブ養殖を営む吉田千喜子さん


「昨年は、5月の連休に降った大雨で淡水が海の中に入りすぎてコンブが腐ってしまって収穫量が少なかった。今年は海水温が悪いのか? 海水に栄養がないのか? 生育も色もが良くなく、収穫量はあまり期待できないと思う」
とコンブ養殖を営む吉田林さん(76)は話します。

コンブの天日干し作業

「売り物にならないコンブが多く、いったい何本手にとれば1つの握り昆布になるのか? そんな状態」と妻の千喜子さんは心配そうに話します。

気仙沼産 握り昆布

気仙沼産早煮昆布は、柔らかいのが特徴です。
水で戻して結んで煮物に入れたり、サンマの時期にはサンマを丸ごと巻いてサンマ昆布巻などにすると、昆布の出汁が利いたおいしい煮物が出来上がります。

港の復旧工事は急ピッチで進められています(大浦漁港)

地域の中で大切に守られていた「浜の仕事」が、1つずつ衰退していくことを感じます。

カキの生産者は、カキの剥き子(むきこ)の育成に苦慮しています。
コンブの生産者はコンブを束ねる作業ができる人も少なくなり困っています。
震災の影響で地域を人が離れていったことや高齢化などが原因です。

「浜の仕事」を次世代へ残すのは難しいと感じました。


(取材日 平成25年4月5日)