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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年4月24日水曜日

2013年4月24日水曜日10:21
石野葉穂香です。

421日、東北地方の広い範囲で、季節外れの雪が降りました。

仙台管区気象台によると、この日は午前11時の時点で、仙台市1㎝、石巻市3㎝、栗原市駒ノ湯5㎝、また山形市で6㎝、米沢市ではなんと12㎝の積雪があったそうです。

仙台市で4月下旬(21日以降)に積雪を観測したのは、昭和22年(1947423日以来、66年ぶりのことだそうで、観測史上2番目に遅い記録となりました。
最低気温も仙台市では0.8度、日中の最高気温も7.5度と、3月上旬並みの冷え込みに。

前後数日は寒い日が続いたため、桜前線も宮城県で停滞してしまいました。

雪と桜との競演。それはそれでなかなか見られない眺めではありましたが、でもやっぱり、野花が咲き乱れる春色いっぱいの景色を、東北地方の人たちは待ちこがれているのです。


栗原の耕土の沖に残雪を頂いた栗駒山がくっきりと浮かびます

さて――。
皆さんは、「種まき桜」をご存じでしょうか?
春、里の野辺に花を咲かせ、農作業の始まりのタイミングを知らせてくれる桜の木のことです。昔は「種まき桜」の開花を合図に、農家では早苗を育てるため稲の種籾(たねもみ)を苗代にまきました。

農村にはそんな風に、観賞のためというよりも、農事暦を編む目安としての役割を果たしてきた桜もあります。
蕾が膨らんで、開花して満開となって、そして散り、やがて葉桜に変わる……。
そんな桜木の装いの変化に合わせて、山里の農事の工程もまた進んで行くのです。

農事に働き始めた人々の暮らしの風景と、山麓の生活誌「春の章」を探す小旅行に出掛けてみませんか?


栗駒山の残雪が白波となって輝く中空を、
鯉のぼりが悠々と泳いでいました。
民家の庭にはマンサクの黄色い花が。

「種まき桜」は各地にありますが、今回おすすめしたいのは栗原市の「種まき桜」。
比較的コンパクトなエリアに、4本もの「種まき桜」があり、
GWにかかる今週末(427日前後)、いよいよ満開の見ごろを迎えそうです。

その、満開直前の「種まき桜」情報と、花咲く栗原の野辺の様子をレポートします。

まず1本目は、栗原市の一迫地区にある「曽根八幡の種まき桜」。
一迫の中心部の東側郊外。田んぼ脇の道の路傍に、他の桜木数本と一緒に立っています。
樹高約9m。樹齢400年以上といわれるエドヒガンザクラの古木。栗原市の天然記念物にも指定されています。
この近くには、かつて仙台藩領から花山御番所を通って秋田藩領へ越える仙北街道もありました。この桜が咲くと峠道の雪解けも遠くないと、旅人は励まされたそうです。

「曽根八幡の種まき桜」。
咲きほころんでいるのは
実は手前に立っている別の桜の枝です・・・

2本目は、鶯沢地区の「袋川原前の種まき桜」です。
鶯沢中学校の二迫川を隔てた南東側、土手のやや内側にあります。
樹高約13mのエドヒガンザクラ。幹が途中で切断されていますが、樹勢は盛んで、細枝いっぱいに花を咲かせる姿が健気です。
樹齢は約270年。こちらも市の天然記念物に指定されています。


「袋川原前の種まき桜」。
よく見ると、写真の下部、枝の下に
鶯沢中学校の天体観測ドームと
そのまた向こうに栗駒山が見えます


3本目は、同じく鶯沢地区の「北郷早坂の種まき桜」。
鶯沢の街から県道を北へ。金剛寺というお寺さんの南側の田んぼの中です。
小さな天満宮のお社に従うように立つエドヒガンザクラ。幹には大きく切られた痕がありますが、きちんと消毒が施され、今も地域の人たちに大切にされていることがうかがえます。
樹齢は他と比べてちょっとだけ若く、約260年とか。やはり市の天然記念物です。

「北郷早坂の種まき桜」。
木の根元には天神様のお社と
赤い鳥居があります

反対側からも撮影してみました。
大空に気ままに枝を伸ばしたような
奔放なシルエットです

そして、4本目。
栗駒の街から栗駒ダムへと向かう途中に「沼倉桑畑の種まき桜」があります。

佐藤さんというお宅の入り口にあり、傍らに立てられた解説文によると、戦国時代、葛西氏に仕えて戦功をなした佐藤さんのご先祖が沼倉の地を賜り、その後この地に大明神様を祀ったところ、ある夜、夢枕に大明神が立ち「ここに桜を植えなさい」と告げられたのだそうです。
以来、沼倉の地域の人々は、この桜を大明神の化身として大切に守ってきました。

戦国時代の末期、伊達氏の前にこの地を治めていた葛西氏の時代のことですから、樹齢は400年を軽く超えているはず。
90年代の中頃、樹勢が衰えて枯れ死が心配されたこともあったそうですが、
樹勢回復を願う人々の願いと樹医の処置が命を救い、
今も漫々の花を蒼空に咲き誇らせています。


「沼倉桑畑の種まき桜」。
佐藤さんの家の真ん前。
説明文を記した解説板が添えられています

丸みある樹影が、もうすぐ漫々の花に飾られます
昔、山里では、地域総出で田植えや稲刈りが行われました。
でも、気象学の進歩、品種改良、機械化などによって農業も大きく様変わり。
地域が結束する「結(ゆい)」という習慣も、そして「種まき桜」の意味や役割も、今では薄れつつあるかも知れません。

それでも桜はやっぱり、山里に春到来を告げ、人々をほっと安らがせてくれます。
変わらない日本の原風景というべきでしょうか。
懐かしさがあふれてきます。

復興は、「ふるさとの新しい未来」を創っていくことでもありますが、
昔から連綿と続いてきた暮らしの習慣や、地域の暮らしを構築し直す、
いわば、「懐かしき未来」を創造することでもあります。

里に下った山の神様が、田の神様(農の神)となって村の人々と交わる、その依代(よりしろ)である「種まき桜」。
若草色の野山の真ん中に、輝くような花色をほとばしらせる桜木が、見る人に元気を分けてくれそうです。


駒ノ湯方面へ向かう途中。
コブシの花がほころび咲き始めていました

駒ノ湯十文字近く。
林間の小川のほとりに水芭蕉の花が咲いていました

なお、5月中旬になると、栗駒山の山肌には、駒形(馬の形)をした残雪が浮かび上がります。
昔はこれが田植えの合図だったとか。
栗駒山の名の由来ともなった残雪模様が、水張りされた田んぼに影を落とす風景もまた、取材して来たいと思います。


実際の田植えの時期は、山肌に駒形が浮かぶよりも早く
GW後半頃とのこと
(取材日 平成25423日)