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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年4月9日火曜日

2013年4月9日火曜日19:01

えみです。

震災から2年が過ぎました。
この2年間、国内外からは被災地の復興に向けてたくさんの数の方々が応援に駆け付けて一丸となって頑張ってきました。
しかし被災地での復興はまだまだです。今後も息の長い支援が必要なのです。
そして被災地の方々が一日でも早く震災前のような普通の生活に戻れるように願っているのは皆さん共通の思いです。

しかし、支援をしたくても何をしていいのか分からない。
被災地に行って私に何ができるのだろう?
または家庭の事情でなかなか被災地まで出掛けられない。
・・・など、人それぞれ支援したい気持ちはあるのに思うようにいかないのも現実です。


今日は子育て中で被災地まで行けなくてもできる復興支援活動をしている仙台在住の母親グループ「ままふあ会」を取材してきました。

「ままふあ会」は子育てを応援する仙台市の施設「子育てふれあいプラザ『のびすく仙台』」のボランティアの有志が集まってできた会です。




「ままふあ会」は復興のために自分たちでもできることを見つけて日々活動しています。
その支援の形としてでき上がったのが、冊子「私にもできる復興支援」です。
冊子では、被災地への寄付付き商品の紹介、復興地区の企業•商品紹介、そしてベルマークの「震災寄贈マーク」収集も呼び掛けています。
「買って」「使って」暮らしで支援する、日々の生活を送る中で無理なく誰でもできる情報が、冊子には詰まっています。
冊子に掲載する記事は皆、企業や団体に直接取材して作成したそうです。

 
   「私にもできる復興支援」冊子
   第2弾 2012年 10月発行
   第3弾 2013年 1月発行
    〜半歩でも一歩でも進むために〜
 息の長い支援をあなたにもできる支援があります。



「震災後、被災地の現状を知り、何か支援をしたいと考えていました。しかし、小さい子がいるととても被災地までは出かけることができない。子育て中でもできる無理のない形での支援活動を続けていこうと始めました」
(荒澤けい子代表)


「現在メンバーは8名おりますが、メンバー全員仕事や家事•育児をしながらの活動ですので、正直本当に大変な時もあります。しかし、『私にもできる復興支援』冊子の発行は子育て中の人でもできる1つの支援の形だと思うんです。
子どもがいても何か支援したいという気持ちは誰でも持っていると思います。そして被災地に行かなくても皆さんとずっと続けられる支援をしていきたいのです」
(広報の長崎美知さん)


「私にもできる復興支援」の冊子は「誰でも、遠く離れていても、小さな子どもがいても、たくさんのお金が無くても、あなたの気持ちが届きますように」という思いでスタートしました。
そして皆さんからの息の長い支援が、たくさんの人の元気や笑顔につながりますようにと、「ままふあ会」メンバーは願っています。

仙台市の施設「子育てふれあいプラザ『のびすく仙台』」
設置されている手作りのベルマーク収集箱
ベルマークを集めることにより被災地の学校で
必要な設備品や教材を購入することができます。
「ままふあ会」
     半歩でも一歩でも前に進むために!
      息の長い支援をあなたにもできる支援があります。
荒澤けい子代表(左側) 広報の長崎美知さん(右側)

        


「私にもできる復興支援」の冊子では震災関連の写真展や上映会の案内に加えて、被災地の現状も紹介しています。

先日「ままふあ会」主催の写真展が開かれたので行ってきました。

かぞくのかたち~福島を離れて、みつめたもの~(会場 のびすく宮城野 3月2日〜7日)

震災をきっかけに福島から山形へ避難し、家族が離ればなれになった女性がカメラに収めた我が子の成長記録です。幼子の愛くるしいカットと女性のつぶやきのような散文詩が、この家族のドラマを語ります。原発事故による見えない不安と様々な考え方が渦巻く中、伝えられることが少なかった福島事情の一コマが想いを寄せるきっかけになることを願って(写真展示紹介文より)


神野さん一家の場合
福島と山形、バラバラになった家族のかたち。
現状と想いを、短い言葉を添えて伝える写真展です。



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東日本大震災で引き起こされた東京電力福島第一原子力発電所の事故。

 震災当時福島県福島市に住んでいた神野さんは、周囲の協力のもと、放射性物質から逃れるために西日本・関東を転々とし、山形県山形市に義母と当時3ヶ月の息子と3人で、自主避難生活を始めました。仕事のために夫は福島市に残り、家族が揃うのは週末だけ。震災前福島市に購入した自宅は賃貸に出し、福島と山形での二重生活。夫は成長著しい息子の変化を電話でしか知ることができず、神野さんも福島で家族全員揃って暮らしたいけれどかなわない。そんな中すくすくと育つ息子の山形での生活を、写真と文章で伝えます。
 幼子の愛くるしいカットと神野さんのつぶやきのような散文詩が、この家族のドラマを語ります。女性のしなやかさが魅力の作品です。

 福島の現状と、母子避難の現実、ニュースでは伝えられることが少なくなった、でも忘れないでいて欲しい、知ってほしいことがぎゅっと詰まっています。(写真展紹介文より)
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この写真展は子どもを遊ばせながら山形に避難した母子の日常です。震災後の福島のある1つの家族の現状を知ることができます。
少しでも多くの方に被災地の現状を知ってほしいという、また子育て中のパパ、ママに見てもらいたいという、ままふあ会さんの強い思いがありのびすく仙台、のびすく宮城野の2館にて開催されました。




今の私たちをみてください~福島への想い~(会場 仙台市中央市民センター 3月13日〜24日)

「福島に残る」選択した子育て中4人の作品の展示です。
3.11をあえて意識せずに創作した震災後の作品です。別の角度からみた福島もご覧下さい。(作品紹介文より)



     

        


これらの写真を一枚一枚眺めると、言葉では言い表せない家族愛を感じました。子どもを思う母の気持ち。子どもが成長していく日々の一瞬一瞬が家族にとって大切であり、かけがえのない時間であることが感じ取れます。
そして震災によってかけがえのない家族が引き裂かれた現状。どうして家族がバラバラに生活しなくてはいけないのでしょうか?
私たちは震災が引き起こしたこの悲しい現実を真正面から受け止めなくてはならないと思います。
そして一日でも早く家族が一緒に生活できるように、早急に解決しなくてはならない問題があることを忘れてはいけないと感じました。
(これらの作品はエル•パ−ク仙台でも展示されました。)



☆ままふあ会では3月10日にドキュメンタリー映画の上映会も行いました。
会場は「仙台市子育てふれあいプラザ『のびすく泉中央』」。

「津波のあとの時間割」
石巻市での東日本大震災による災害の実態と人々がそれに対しどう立ち向かっているのかという経緯を子どもたち•学校•地域の姿を通して約1年間の記録をまとめたものです。
震災から立ち上がった人々の再生の歩みのドキュメンタリー映画です。

被災地で起きた事実を知ってほしい。このドキュメンタリー映画をみるときっと被災者の気持ちに一層寄り添うことができると思います。
ぜひ機会があれば見てほしい映画です。(ままふあ会さんより)



「ままふあ会」のメンバーは全員、子育て中ということもあり
        家族、子供のことを常に第一に考えている母親の立場から復興活動に取り組んでいます。



〈取材を終えて〉
「ままふあ会」のメンバーは被災地が一歩でも前へ進むために、自分にできる範囲での支援を皆さんと一緒にしていけたらと呼びかけています。
「私にもできる復興支援」冊子を読み、被災地支援の商品を買うことにより被災地の復興支援活動が誰でもできるのです。この気持ちを忘れずに長く支援を続けることが少しでも被災地の復興がつながるでしょう。
復興はまだまだこれからです。一人一人の支援を続けていこうという気持ちが大きな力となり復興支援に役立てられると思います。

多くの笑顔が東北に届きますように。





ままふあ会
 ままふあ会公式サイト

今後も定期的に「私にもできる復興支援」冊子の発行と
秋には復興マルシェ(市場)の開催など活動を続けていくそうです。



(取材日 平成25年3月12日)