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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年3月5日火曜日

2013年3月5日火曜日21:54
「乾杯!」

高々と掲げられたグラスには透明な金色の液体。クリーミーな泡が今にもあふれ落ちそうです。

カチン、カチン、カチン……

方々で喜びの声が飛び交っています。
でも、作業ジャンパー姿の日焼けした顔もあれば、スーツにネクタイのビジネスマンらしき人もいて、いったいこれはどんな人たちの集まりなのでしょう?



ココロデスクです。
今日は「復興! 七ヶ浜産大豆収穫祭」に来ています。

テーブルにはおいしそうな料理の大皿が所狭しと並び、ビールの大瓶がキラキラと輝いています。
私はといえば、宴の片隅で喉の渇きをグッとこらえて、ややシカメ面気味で仕事に取り組んでいます。
会場の皆さんがゴクッゴクッとおいしそうに喉を鳴らしている様子を記録して回るのは、まるで苦行です。


テーブルには収穫された大豆も飾られています。




ここに集まっているのは、津波で浸水した農地での大豆栽培にチャレンジした「七ヶ浜生産組合」の皆さん。
そして、彼らのチャレンジを支援したキリンビール、農協、日本フィランソロピー協会の皆さんです。


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以前ご紹介したように、もともと平地がとても少ない七ヶ浜町では、海辺に散在する平地に水田を開いて稲作を行ってきました。

2012年11月29日木曜日
「新宿組」ボランティア随行記 その1 事の始まり (七ヶ浜町、東松島市)
http://kokoropress.blogspot.jp/2012/11/1_29.html


津波はその農地を容赦なく襲い、町内のほぼ100%の農地が津波に流され、塩水に浸されました。
大切な農機具や用水路なども壊滅しました。

震災が発生した2011年は、多くのボランティアや支援の力を借りてガレキを片付けるので精一杯。とてもとても、何かを栽培できる段階ではありませんでした。

七ヶ浜町には川がありません。
山がそのまま半島になったようなこの地では、丘陵部のあちらこちらに「ため池」を設けて農業用水として使っていました。
機械化される以前は、ため池の水を少しずつ田んぼに引いて稲作を行っていたそうです。文字通り、お天気任せでした。
機場(ポンプ場)と用水路が整備されてからは、水田から排出された水を下のため池で受けて、ポンプで上のため池に送り、循環させて使えるようになりました。おかげで、川のある地域と同じように稲作が行えるようになっていました。

津波は、この「七ヶ浜町の農地の生命線」を、一瞬のうちに奪ってしまったのです。

津波を被り錆びついた農業用水の灌漑栓
「このままではいけない!」

ふたたび七ヶ浜で稲作を再開しようと立ち上がったのは、震災前から七ヶ浜ではリーダー的な立場だった生産者の皆さんです。
9名の生産者が地区を越えて集まり、佐藤太郎さんを組合長に「七ヶ浜生産組合」を結成しました。

「まだ、用水が復活しない。どうするか?」

震災から2年目の2012年度に営農再開することを決意したものの、今すぐに水田を復活することは困難です。そこでメンバーは、宮城県の名産の1つである大豆に着目しました。

「大豆は塩害に強いと聞く。マメ科の植物と共生する根粒バクテリアの作用で、土地も肥沃(ひよく)になるだろう」

品種は、宮城を代表する「ミヤギシロメ」に決めました。
宮城県にしか残っていない在来種で、粒は大きく、きれいなベージュ色。煮豆や菓子材料、きな粉、最近では豆腐の原料としても注目されています。

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大まかな方針が見えてきた頃に、うれしい情報が入って来ました。

日本を代表する食関連企業でのキリンビールが、被災した地域の農業や水産業の復興支援にグループを挙げて乗り出した、というのです。
その取り組み「東北『復耕』サポート 復興応援 キリン絆プロジェクト」は、こういう仕組みです。

キリンビールは、例えば「缶ビール1本につき1円」という具合に自社商品の売り上げの一部を支援基金としてプールし、そのお金で農業機械等を調達して被災した生産者に提供します。
提供先は個人ではなく、グループで営農に取り組んで新しい農業の姿を目指そうという人たちです。

農業機械は新品ばかりではなく、全国の農業生産者に募って中古品を提供してもらうなど、生産者同士の連帯をも呼び掛けるような動きになっています。
また、生産物をキリングループのレストランで提供することも視野にあります。

こうした取り組みに、全農(全国農業協同組合連合会、JA)と各地の農協が情報提供などの面で協力し、さらに公益社団法人日本フィランソロピー協会(JPA)が全体の運営を切り盛りしています。

初年度の2012年度には、このプロジェクトは岩手・宮城・福島の被災3県で計5億2100万円余りの農業機械等を支援しています。

「東北『復耕』サポート 復興応援 キリン絆プロジェクト」
http://www.kirinholdings.co.jp/csr/support/index.html

全農(全国農業協同組合連合会)
http://www.zennoh.or.jp/

公益社団法人日本フィランソロピー協会
http://www.philanthropy.or.jp/


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「まず大豆栽培で農地を復活させ、環境が整ったら水田を復活させる」
七ヶ浜生産組合が掲げたこの方針は、「キリン絆プロジェクト」にに認めら、支援が決定しました。

農業機械のお披露目は、雨の中で行われました。

2012年6月。
七ヶ浜生産組合は復耕サポートで提供されたトラクターなど農業機械を使用し、吉田浜地区の農地の約4.8ヘクタールの被災水田に大豆の播種(種まき)を行いました。




折しも梅雨入り間近。発芽前の雨は禁物なので、予定していた日を直前に見送って変更するほど、細心の取り組みでした。

七ヶ浜生産組合の皆さん。

2週間後にはかわいい芽が伸びていました。

8月の末。元気に育っていました。

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大雨で冠水し排水不良のため一部が湿害などの被害にも見舞われるなど、生育の途中にはさまざまな困難がありました。
しかし、生産組合の皆さんの懸命の世話によって、晩秋には無事に収穫を迎えることができました。

このように枝になったまますっかり枯れるのを待って収穫します。

そして、いよいよ今日が収穫祭。





収穫には関係者が勢ぞろいし、十分に乾いた大豆がカラカラと音を立ててコンバインに刈り取られていく様子をじっと見守っていました。


収穫祭の祝賀会場は、同じく七ヶ浜町内にある「はらから福祉会」の授産施設、「みお七ヶ浜」です。

ここで作っている豆腐は絶品で、地元はもちろん仙台市内近郊でも評判です。
七ヶ浜生産組合が大豆栽培を思い立った理由の一つに、この「はらから福祉会」の存在もあったといいます。

この日のメニューも、もちろん大豆がテーマ。
前もって収穫していたミヤギシロメが豆腐に加工され、さらに釜揚げ豆腐、揚げ出し豆腐、厚揚げに料理されました。

「うまいなぁ。ただの豆腐なんだけどなぁ」
「豆腐や野菜がこんなにうまいものだったとはなぁ。ずっと百姓していたけど気付かなかったなぁ」

こんな冗談が交わされるほど、一同、ビールと豆腐の幸福な出会いに酔いしれていました。

シンプルな料理ですが、だからこそミヤギシロメの
豆の甘味、香りがストレートに味わえました。
(あっ、私もノンアルコールビールといっしょに
少し試食させていただきました)

七ヶ浜生産組合の皆さんの「ガンバロー!! 三唱」

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最後に、七ヶ浜生産組合組合長・佐藤太郎さんのスピーチをご紹介しましょう。

七ヶ浜生産組合 佐藤太郎組合長

「震災の直後は、”もう100%、農業はできない”と諦めていました。
しかし、キリンビール様、日本フィランソロピー協会様の温かいご支援、農機具を提供していただいたことで生産意欲が湧きました。
農地の復旧や排水路の確保には、農協や行政機関、業者さんのご尽力が、連日圃場に入ってがれきの撤去に取り組んでいただいたそして全国からのボランティアの方々。

今日こうして収穫を祝うことができたのも、こうした支えのおかげです。

今年の作付は4.8ヘクタールでしたが、来年度、営農再開できるように整備された圃場が増えたら今年の4倍5倍やりましょう、という声が上がっています。

われわれ生産組合は、”七ヶ浜地域の農業の牽引役として頑張りましょう”と、毎日皆で会うたびに将来のビジョンを語り描いているんです。そしていつかきっと水田を取り戻して、稲作を再開します」


「ガンバロー! 農業」


(取材日 平成24年12月4日)